5者のコラム 「学者」Vol.134

紙による特別の感覚の覚醒

原研哉「白」(中央公論新社)。誰でも知っている色彩の概念を軸に議論を展開される氏の評論は高い評価を受けました。その原氏が続刊「白百」(中央公論新社)でこう述べています。

紙の本質は汚れやすく痛みやすいという点である。いかにもはかなげなものがすれすれの命脈を保ちながら眼前にあるという繊細な感覚を掘り起こす緊迫感が紙というものの魅力の根源である。人類はこのような「無垢」を突きつけられ続けたことで、知恵と集中力、そして細やかな感受性に辿りついたのである。最も汚れやすい極点に「白」があり最も痛みやすい極点に「張り」がある。紙はその2つを体現しているという点に於いて人に特別の感覚を覚醒し続けてきた。まっさらな紙は思わず背筋の伸びるような印象を与える。(6頁)

法律家は紙に書かれた文字から情報を得て自分の意見を紙に書くことを仕事の中核としてきました。デジタルデータの交換で全て処理される時代が来るのか私にはよく判りませんが、私にとって情報の入手も・情報の発信も・最終的には「紙」によるものでなければなりません。汚れやすく痛みやすい紙。それが眼前にあることで私は法律情報の主体として仕事を続けていられる。どんなに情報技術が進展しても私は最終的に紙に書かれた情報でないと法律家として特別の感覚を覚醒されません。最も汚れやすく最も痛みやすい無垢な「紙」に印字されて初めて私は法律家として思わず背筋の伸びるような感覚を持たされるのです。ペーパーレス化の名の下に電子情報の交換で法律的な争点整理を進めようとする裁判所の動きがありますけれども、私のような古参の人間にとって情報は最終的に「紙」に落とされないと<命を吹き込まれない>ような感覚があります。