リスクとデインジャー・最後まで生き残る力
内田樹教授はブログでこう述べています。
危機には「リスク」と「デインジャー」の二種類がある。「リスク」というのはコントロールしたり、ヘッジしたり、マネージしたりできる危険のことである。「デインジャー」というのは、そういう手立てが使えない危険のことである。(略)試合の最中に、ゴジラが襲ってきてスタジアムを踏みつぶすというのは「デインジャー」である。対処法は「サッカー必勝法」のどこにも書かれていない。だが、そういう場合でも、四囲の状況を見回して「ここは危ない、あっちへ逃げた方が安全だ」というような判断をできる人間がいる。こういう人はパニックに陥って腰を抜かす人間よりは生き延びる確率が高い。(略)でも、いちばん生き延びる確率が高いのは「今日はなんだかスタジアムに行くと『厭なこと』が起こりそうな気がするから行かない」と言って予定をキャンセルして家でふとんをかぶっている人間である。WTCテロの日も「なんだか『厭なこと』が起こりそうな気分がした」のでビルを離れた人が何人もいた。彼らがなぜ危機を回避できたのかをエビデンス・ベースで示すことは誰にもできない。
弁護士は「リスク」回避の方法について能力を磨いています。この能力は客観的に計測可能なもので、多くの弁護士に相当程度備わっています。何故危険なのか、その危険を如何にして回避することが出来るのかをエビデンス・ベースで示すことが可能です。他方、弁護士が「デインジャー」への対処能力を短期間に養うことは出来ません。「厭なことが起こりそうな気がする」とか「この相談者は厭な感じがする」という判断の善し悪しをエビデンス・ベースで示すことは不可能です。しかし弁護士は経験から学びながら「厭なことが起こりそうな気配」や「何だか虫が好かない相談者」が世の中に存在することも判ってくるようになります。この主観的能力こそ懲戒請求や紛議調停という地雷原の中をくぐり抜け、あるいは当事者からの業務妨害や暴力といった空爆的状況をかわして最後まで生き延びてゆくための弁護士の本当の能力なのではないか、と最近の私は感じております。