ある交通事故事件の回想
修習生に対する交通事故訴訟の講義を担当したので具体例として弁護士になって間もなく受任したある交通事故事件を紹介しました。 そのレジュメの一部です。
1 事案
先行する被告普通車が内輪差を過剰に意識しいったん道路左側によってUターンしようとしたため後行する原告自動2輪車が危険を感じ中央線のほうに逃げたところへ被告車がUターンを始めたため、両車が中央線付近で衝突した。被告は、本件道路は追越禁止であり・自分はウィンカーを付けたと主張(原告は否認)。なお被告車両に任意保険はない。原告は輸血を受け緊急手術。約2年入院。事故から2年3ヶ月後に前任弁護士に相談。輸血後肝炎(非A非B型)が治療中であり経過観察となる。事故の3年8日後に症状固定診断が為された。翌年に併合7級の後遺障害等級が認定。事故の約4年後、慢性C型肝炎の診断名で約4ヶ月入院。事故の約5年3ヶ月後に通院が終了した。
2 第1審の審理状況
当職は事故から6年2日後に相談を受けた(症状固定診断日から3年になる6日前)。症状固定診断日から3年の1日前に訴状を提出。被告は答弁書で1行だけ時効に触れた。当方は症状固定日から3年を経過する前に訴訟提起したので時効は成立しないと主張・被告から反論はなかった。
3 判決
裁判官は消滅時効は事故時に原則として進行を始め、事故当時に予期し得なかった後遺障害についてのみ進行しないとの一般論を述べ(特異な見解)本件は基本的に消滅時効が成立するが輸血後肝炎がC型肝炎に移行することだけは予期し得なかったとし、これについてのみ消滅時効を否定した。逸失利益をゼロとし過失相殺を10%認定、約626万円の支払いを命じた。
4 控訴審の審理状況
当職は消滅時効は成立しないとして控訴。相手方は輸血後肝炎とC型肝炎は同じものであるから原判決の論理では全体として消滅時効が成立するとして付帯控訴。当方の主張立証の要点は①確かに事後の医学的知見によれば本件輸血後肝炎とC型肝炎は同じものである。しかし本件事故当時C型肝炎ウィルスは医学上認識されていなかったのであるから、これによる損害を認識できるわけがない。②本件の症状固定診断は事故の3年8日後である。症状固定診断前に損害を認識することは不可能である。原判決の論理は症状固定診断前でも訴訟提起せよ・損害項目ごとに一部請求せよと言うに等しい。③医学文献では「C型肝炎が慢性化すると自然治癒することはなく、放置すれば約40%に肝硬変が生じ、約25%に肝細胞癌が発生する」とされる。逸失利益ゼロなどありえない。
5 高裁の和解案
消滅時効を否定。逸失利益を考慮し損害を5400万円と算定する。過失相殺30%認定。損害填補1040万円。結論として2740万円を長期分割で支払うことを双方に提案した。
6 和解成立
2000万円の一括支払いで双方が合意。和解が成立した。
* 1審判決から控訴審まで胃が痛い毎日でした。時効制度の怖さ・医学的検討の重要性(久留米大学の知人がC型肝炎の研究医であり文献を多数貸していただけた)・支払能力考慮の必要性(任意保険がない辛さ)など教えられることの多い事件でした。