法律コラム Vol.30

自殺の因果関係

私は5者のコラム(医者23)で「自殺の予見可能性」に関する精神科医の疑問(不可能と主張する)について触れ「前提事実の重大性や自殺との時間的機会的近接性が認められれば(法的に)因果関係や過失を肯定するのは不思議なことではない」と述べました。私が上記言明をなしたのは訴訟でこの論点を争ったことがあるからです。そのときに作成した準備書面の骨子をあげます。(大牟田の中野弁護士との共同:守秘義務の関係で大幅抽象化・具体的事案の部分は全て捨象。)

1 最高裁判決(最判平成5年9月9日)の意義
 イ 理論的意義
  ①「うつ病」という精神医学的な媒介項を入れることによって交通事故と被害者の自殺との相当因果関係の有無を判断する下級審の手法を最高裁として初めて是認した。②従前は重視されていた「予見可能性」に言及することなく相当因果関係を認めている。③心因的素因を援用して加害者の責任が過酷にならないようにする「割合的解決」(過失相殺類推適用)の手法を是認した。
 ロ 事例的意義
  ①交通事故自体による直接の被害は比較的に軽微なものであった(自賠責の後遺障害等級は14級にとどまる)。②事故後3年6月という比較的長時間が経過した後の自殺であった。③心因的な素因減額の割合を8割とした(被告の賠償額は全体損害額の2割にとどまっている)。
2 本件事案の検討
 イ 事実経過
   別紙のとおり(カルテの記載内容等を経過表にまとめて準備書面に添付)。
 ロ 事案の特徴
  ①本件における交通事故から自殺までの時間は約2年5ヶ月であって最高裁の事案よりも相当に短い。②被害者に付せられた診断名は「外傷後ストレス障害」である。③自殺に至る被害者の「心の中身」が(本人の自筆による)日記と遺書によって客観的に了解可能である。
 ハ 結論
   よって本件事案についても事故と自殺の相当因果関係を認めることが出来る。仮に本人の心因的要素による減額を考慮するとしても8割を大幅に下回るべきである。

* 本件被害者の診断名(外傷後ストレス障害)については被告(実質的には損保)側から激しい反論がなされましたが、最判との比較にもとづく裁判官の職権和解案が出され、被告がこれを受け入れて和解により本件訴訟は終了しました(心因的要素による減額幅は最判の事案より軽減)。
* 交通事故という偶発的事象において「本人の意思による死」という結果についてまで加害者が責任を負わなければならないかは医学的・哲学的には相当難しい問題です。しかし法律論は「かかる過酷な結果を遺族だけが背負わなければならないのか」という問題の立て方になるので、一定の要件の下に賠償範囲に含める法的構成を考えるのが自然なリーガルマインドだと思われます。
* 以上は事故という偶発的事象に関する問題です。過労自殺・いじめ自殺・恐喝自殺などはこれと異なる問題です。何故なら、これらは反復継続的な関係において意思的コントロールが可能な状況下において発生するものだからです。かような意図的行為(程度は相当異なりますが)の結果として被害者が自殺に追い込まれた場合には、過失相殺構成による割合的解決の必要性は比例的に減少し、究極的な場合には心因的素因による減額はゼロになるのではないかと思われます。過労自殺に関する最判平成12年3月24日は3割の減額をした原判決を破棄し差し戻ししています。

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