任期の無い取締役の解任
会社法は現在「有限会社」と呼ばれている会社も「株式会社」と認識しています。呼称として「有限会社」と名乗ることが出来るため「特例有限会社」という呼び方をします。この特例有限会社において任期の定めの無い取締役が解任されたときに会社法339条2項にもとづいて損害賠償請求することが出来るのか否かが争点とされた訴訟で作成した準備書面です。(*論点としては「正当の事由」の有無もありますが事実問題が絡むので割愛します)。
1 請求の根拠規定
原告の請求は会社法339条2項にもとづく。これは旧商法257条を引き継いだ規定である(別冊ジュリスト「会社法新旧対照条文」有斐閣)。旧法257条は「任期の定めある場合」の「正当の事由なくして、その任期満了の前にこれを解任したるとき」に関する規定である。取締役は「任期の定め」があるか、ないかで法的な規律が異なるものであった。以下、現在の有限会社法の内容を確認したうえで会社法339条2項の要件事実を検討する。
2 現在の有限会社法の内容
特例有限会社は2006年(平成18年)5月1日の会社法施行以前から「有限会社」であった会社であって同法の施行後もなお基本的には従前の例によるものとされる株式会社のことである。商号中には「株式会社」ではなく「有限会社」の文字を用いなければならない。役員の任期に関する法定の制限はなく決算公告義務もないというメリットがある。利益処分案または損失処理案は計算書類から外れ「株主資本等変動計算書」ならびに「個別注記表」の作成が義務付けられている。有限会社は人的な結びつきが強いので、対外的には(社員内部で比較的自由に処分できる)利益処分案より(誰が株主資本を構成しているのかという)株主資本等変動計算書が重要であることを意味している。特例有限会社においては取締役会・監査役会・会計監査人・会計参与・委員会および執行役が法定機関として認められていない(整備法17条)。法定機関としては株主総会と取締役以外には監査役(会計監査のみに権限が限定)を設置できるだけである。株式会社と異なり各取締役が会社を代表することができる(代表取締役設置は任意)。そのため取締役を誰にするか、誰を解任するかは有限会社にとって最も重要な経営判断を求められる事項である。その趣旨により取締役や監査役の「任期」について法令上の制限がない。小規模閉鎖会社が多い特例有限会社に配慮した規定となっている。
3 任期の定めの有無と会社法339条2項の損害賠償請求の要件
会社法339条2項は取締役の解任について株式会社が正当事由のあることを立証できない場合に、株式会社に対し、解任されなければ残存任期中に得られたであろう取締役の利益(所得)喪失の損害賠償責任を認める特別の法定責任を定めた規定である。この点、旧商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)257条1項但書では「任期ノ定アル場合ニ於テ」とされており任期の定めがあることが損害賠償請求権発生の要件であることが法文上明らかであったところ上記会社法339条2項でこれに対応する文言はない。しかしながら、これは旧商法下では株式会社の取締役について任期が定められない場合があり得た(旧商法256条参照)ものの、会社法下ではそもそも取締役等につき具体的な任期がないという場合は想定されなくなった(会社法332条等参照)ため敢えて任期の定めがあるという文言が置かれなかったにすぎないと解される。したがって上記会社法339条2項は具体的な任期があることを損害賠償請求権発生の要件としていると解するのが相当である(金融商事判例1356号・2011年1月1日号、秋田地裁平成21年9月8日判決を参照)。
* 担当裁判官は当初かような論点が存在すること自体を認識していなかったようです。私が上記判決の存在を示したところ原告に対し判決なら請求認容できる可能性は低いと明瞭に訴訟指揮していただき、低額(原告側代理人の弁護士費用相当額)の和解で訴訟を終了することが出来ました(これは紛争を早期に完全収束させるための解決金です)。 秋田地裁判決の後に出されている東京地裁平成28年6月29日判決(判例時報2325号124頁)も、この問題を消極に解しているようです。