5者のコラム 「医者」Vol.82

不確実性に関する認識のずれ

小松秀樹医師はこう述べています(「医療の限界」新潮新書21頁)。

医療とは本来不確実なものです。しかし、この点について患者と医師の認識には大きなずれがあります。患者はこう考えます。現代医学は万能であらゆる病気はたちどころに発見され適切な治療を受ければまず死ぬことはない。医療にリスクを伴ってはならず100パーセント安全が保障されなければならない。善い医師による正しい治療では有害なことはあり得ず、もし起こったらその医師は非難されるべき悪い医師である。医師や看護師はたとえ過酷な労働条件のもとでも過ちがあってはならない。医療過誤は人員配置やシステムの問題ではなくあくまで善悪の問題である。しかし医師の考え方は違います。人間の体は非常に複雑なものであり人によって差も大きい。医学は常に発展途上なものであり変化し続けている。医学には限界がある。医療行為は生体に対する侵襲を伴うため基本的に危険である。

弁護士に対する懲戒請求者はこう考えます。「法律問題は直ぐ発見され、適切な法的対処を受ければ全て解決する。法的処置にリスクを伴ってはならず100パーセント安全が保障されなければならない。敗訴したのは(自分が悪いのではなく)弁護士が無能だったからである。」懲戒請求を受けた弁護士の考え方は違います。「法律問題は複雑なものだ。事案によって個性が大きい。法律は常に変化している。法律論には限界がある。法的手続(特に訴訟)は社会生活に対する侵襲であるから危険を伴う。法律問題には複数の見方が存在する。敗訴したのは最初からそういう(負けるべき)事案だったからである。」懲戒請求には請求者の過剰な期待・責任転嫁による申立も存在します。請求が却下されると「身内を庇う弁護士会」というステレオタイプな見方をする人もいますが、懲戒請求には最初から理由がない事案も多く存在することを理解いただきたいと願います。

5者

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