苦悩しながら正義を表象するウルトラマン
役者89に引き続き中村修治さんの文章から引用します。
人間の無責任から始まった暴走は個人の勇気とローテクでしか防げない。そうやって戦っていった勇気ある市井の人達は偽善の言葉に刻まれた墓に埋葬されていく。科学進化の陰で人類繁栄の陰で「隠蔽」と「偽善」が繰り返される闇がある。誰が正義で誰が悪なのか?なんて問わない。少なくとも原子力がつくる電力の恩恵を受けてきた我々が、きれいごとだけで今いちばん満足できる「答え」を出せるなんて思っていない。そんな正義がないことをウルトラマンが身を挺して教えてくれたではないか。善も悪もない「正義」の実行のためには「矛盾」はつきものだ。だから「苦悩」を見せもしないで賢そうに振る舞うのは、もう止めようよ。いまは誰も正しくないことを認めようよ。人間・ジャミラを苦悩しながら退治するウルトラマン。その「矛盾した構図」にこそ人間の叡智があるのではないかと思える。それを教えてくれたのがジャミラである。「憲法九条」が日本にあり続けたこと自体に孕んでいる「矛盾した構図」にワタシは役割があると思っている。それを判りやすい方に解釈したり改憲したりすることはワタシのココロに住んでいるジャミラに顔向けができない。判りにくい日本のままでいることが長期的に国益を守るための国策ではないかと思う。ウルトラマンは飛んでこないのである。だからこそワタシたちが矛盾を受け入れられなくてはダメになるのである。
「正義」の実行のためには「矛盾」は付きものです。相反する要素に引き裂かれていない人なんて存在しない。だから「苦悩」を見せもせず自分だけ賢そうに振る舞うのは不誠実です。「完全無欠な正義」なんてどこにも存在しない。それでもなお「苦悩しながら正義を表象する」ウルトラマンのような存在が必要とされている時代です。逆に言うと「苦悩」も感じさせずに正義を標榜する輩には<いかがわしさ>を感じて然るべき時代なのだと私は思います。