自己本位を立証すること
夏目漱石は手紙でこう述べています(「漱石人生論集」講談社文芸文庫)。
自分のやるべきことは、世の中の敵と闘い、敵を降伏させるか自分が討ち死にをするかだ。この敵とは、僕の主義・僕の主張・僕の趣味から見て世の為めにならんものを云うのである。むろん自分ひとりの手で負えるものではない。討ち死に覚悟である。討ち死にをしても自分が天分を尽くして死んだという慰藉があればそれで結構である。実を云うと、僕は自分がどの位のことが出来てどの位のことに堪えられるのか見当が付かない。只尤も烈しい世の中に立って、どの位人が自分の感化を受けて、どの位自分が社会的分子となって未来の青年の肉や血となって生存し得るかを試してみたい。
漱石は「崇高な使命感」の下に作品を世に送りました。それは自分の主義・主張・趣味から見て「世の為めにならんもの」を敵と見なし討ち死に覚悟で闘い続けた漱石の血や肉から生み出されたものです。漱石の壮絶な闘いにより救われた日本人青年は何百万人にも昇ることでしょう。
他方、漱石は学習院における講演でこう述べています。
此時私は初めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるより外に私を救う途はないのだと悟ったのです。(略)私はそれから文芸に対する自己の立脚地を固めるため、堅めるというより新しく建設する為に、文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。一口でいうと自己本位という四字を漸く考えて、其の自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の思索に耽りだしたのであります。
私も「弁護士業務に対する異邦人的な感覚」が拭えず、法律と縁のない書物を読み返しながら自分が納得できる答えを探し続けています。その答え(法律に対する自己の立脚地)を自力で作り上げることが出来るまでこのコラムを書き続けることが出来ればと思っています。