5者のコラム 「役者」Vol.151

自分にしか書けないことを誰にも判る言葉で

井上ひさし氏が「作文の秘訣」としてこう発言しています。「作文の秘訣を一言で言えば、自分にしか書けないことを誰にでも判る文章で書くということだけなんですね。」(「井上ひさしと141人の仲間達の作文教室」新潮文庫)。戸田智弘氏がこう解説します。

「自分にしか書けないことを書く」とは自分と文章の関係であり「だれにでも判る文章で書く」とは文章と読者の関係である。自分と文章の関係が良好であるとは自分の身体と心と文章の間がしっかりと繋がっているということだ。文章と読者の関係が良好であるとは文章と読み手の心がすんなりと繋がることだ。こういう関係が成り立てば自分の中の感情や思いや考えが文章に乗り移り、それが読み手の頭や身体の中に入り込んでゆく。文章という「仲人」を通じて自分の心と読み手の心が繋がることになる(「学び続ける理由」)。

弁護士が「自分にしか書けないことを書く」とは「依頼者と文章の関係」であり、「だれにでも判る文章で書く」とは「文章と裁判官の関係」です。依頼者と文章の関係が良好であるとは依頼者の心と弁護士が書く文章が繋がっているということであり、文章と読者の関係が良好であるとは弁護士が書いた文章と裁判官の心が繋がるということです。この良い関係が成り立てば依頼者の心や考えが弁護士の文章に乗り移り、それが読み手たる裁判官の頭の中に入り込んでゆくことになります。法的な文章を書く弁護士を通じて依頼者の心と裁判官の心が繋がることになります。これをインプット・アウトプットと表現するときもありますが弁護士の仕事は単なる「情報処理」ではなく感情を含んだ「演出」(ドラマツルギー)という色彩を有しています。依頼者の心が自分の文章に乗り移り、読み手である裁判官の心に入り込んでゆく。そんな「良い舞台」を造っていきたい。

学者

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