5者のコラム 「学者」Vol.151

知識と知恵の違い

イギリスの詩人ウイリアム・クーパーは次のように語っています。

知識と知恵は、同じものでないどころか、しばしば何の関係も無い。知識は他人の思想が詰まった頭の中にあり、知恵は自らを注意深く見つめる心の中にある。知識は<自分はこんなに多くを学んだ>と誇り、知恵は<自分はこれしか知らない>とへりくだる。

「知識」と「知恵」は全く別の働きをします。アリストテレスの議論を想起しましょう。彼は「徳」(アレテー)を次のように分類していました(学者12)。1知性的徳(経験と時間を要する教育の成果)イ学問的部分(エピステーモニコン)ロ考案的部分(ロギステイコン)①技術(テクネー)②実践知(フロネーシス知慮)2倫理的徳(社会生活上の習慣の産物)。その中でアリストテレスは特に上記1ロ②(知慮)と2(倫理的徳)に重点を置いていました。必ずしも自分の思ったとおりに動くわけではない他人との共同生活を行うに当たって必要なのは「知識」(一般的抽象的な学的認識)ではなく「知恵」(個別具体的な実践知)と習慣により形成される「徳」(人柄)です。何故ならば両者は「全く何の関係も無い」どころか状況如何によっては「全く逆方向で作用する」場合すら存在するからです。弁護士が仕事をしていくために「知識」は不可欠です。これがないとプロとしては失格です。どんなに人柄が良くても、知識が無いと法律実務は出来ません。しかし「知識」だけでは絶対にダメです。実務法曹の仕事は多くの方々との共同作業であり良質の「知恵」(個別具体的な実践知)と習慣によって形成される「徳」(人柄)が求められるものだからです。多くの他人との協同を可能にする知恵を兼ね備えた上で「自分はこれしか知らない」と謙虚に自己反省しながら、新しい「知識」を学び続ける意思と努力が弁護士には求められているのだと思います。