待ち続ける女郎の立場
美輪明宏さんは劇作家・寺山修司氏に対し初対面の席でこう言ったそうです。
寺山さんに初めてお会いしたときに「この芝居で何を表現したいの?」と聞いたんです。そしたらもぞもぞしてね。寺山さんは苦手な人の前に行くと寡黙になるんです。喋り出すと能弁になるんだけど、それまでが大変なの。それで私が先回りして「あなたは待っているのが嫌だから自分から打って出たいんでしょ?」と言ったんです。「どんな文豪といえど客を待たなければならないところは弁柄格子の向こうで自分が売れるのを待っている女郎と同じよ」と言ったんです。本屋の本棚にずらりと並んでお客が手に取ってくれるまで待っている。お客さんが手にとって買い求め、それで読み始めて初めて物語が立ち上がってくる。「あなたは待ち続ける女郎の立場が嫌で『客は私が選ぶのよ』という風に自分から仕掛けていきたいんでしょ?」(「寺山修司と演劇実験室」29頁)
どんな優秀な弁護士といえど顧客を待たなければならないところは自分が売れるのを待っている女郎と同じです。自分で事件を作り出すわけにはいかないからです。ある日どこかで自分と係わりのない事件が起きて当事者が自分の事務所を訪れるのを待つしかない。
世の中に弁護士はたくさんいます。本屋の本棚に並んでいる本と同じです。その多くの弁護士の中から顧客が自分を選んで相談に来るまで待っている。相談者が事務所を訪れ事件に関する会話をすることによって初めて法的物語が立ち上がってくるのです。弁護士業は消極的商売です。自分が売れるのを待ち続ける女郎と同じ。そういう待ち続ける立場は嫌だと自分から派手な広告を仕掛けていく弁護士が増えました。しかし私は旧来型弁護士です。弁柄格子の向こうで静かに待っているタイプ。お声がかかったときに芸をお見せできるように自分を磨いておきたいと考えています。