家督相続・隠居・隠遁
島田裕己「死に方の思想」(祥伝社新書)に以下の記述があります。
家督相続の時代は財産は全て亡くなった当主から次の当主に受け継がれます。(略)ところが1947年に法律が変わり、家督相続ではなく均分相続になると、遺言で自由に出来るのは半分。あとの半分は法律で定められる配分に従って法定相続しなければならなくなりました。これで家のあり方がすっかり変わりました。それまでは家督相続というものがあるために当主がある程度の年齢になったときに引退して隠居していたのです。それまでは家を守って家に多大な貢献をしているわけですから、財産を受け継いだ新しい当主は隠居した前の当主の面倒を見なければならないのは当然でした。(略)井原西鶴や伊能忠敬など、隠居してから本来自分がしたかったことに挑戦した歴史上の人物もいます。または旅に出たり西行法師や松尾芭蕉のように漂泊する。そういう人生のあり方もありました。(29頁以下)
「遺言で自由に出来るのは半分」というのは間違いです(遺言で遺産全部を処分することが可能・法定相続分の半分が遺留分として減殺され得る)。 ただ家督相続という制度により、ある程度の齢になったとき引退して隠居することが認められていたことには憧れを感じます。井原西鶴や伊能忠敬が良い老後を過ごせたのは「隠居」したからです。西行法師や松尾芭蕉が漂泊をしながら自由に創作を続けられたのは出家という「隠遁」をしたからです。自分の人生に生前葬的な区切りを付け、以後は半分死んだような者として自由に生きる。ここには現代社会において高齢者が生き甲斐を持ちながら余生を過ごすヒントが示されています。現在「法制度としての家督相続」は認められていませんが「気分としての隠居・隠遁・漂泊」には再認識されるべき価値がある、と私は考えています。