5者のコラム 「役者」Vol.111

家出をする少年がその母に捧げる歌

初めて買ったLPレコード(死語?)が小椋桂「遠ざかる風景」。高校1年生のとき新聞配達の給与を貯めたお金で買った。当時、小椋さんは「俺たちの旅」(中村雅俊)や「シクラメンの香り」(布施明)などで注目されていたが、本人は現役銀行マン。上記レコードも銀行の忙しい仕事の中で行われたNHKホールのライブ録音である。最も好きだった曲が「木戸を開けて」。「家出をする少年がその母に捧げる歌」という副題が付いていた。最も好きなフレーズ。
       帰るその日までに  僕の胸の中に
       語りきれない実りが  たとえあなたに見えなくとも
       僕の遠い憧れ  遠い旅は  捨てられない
 今夜は小椋さんのコンサート。楽しみです。(2017年1月13日)
「木戸を開けて」は小椋さんの名曲の中ではメジャーな曲ではありません。NHKホールのライブにおいてもアンコールとして歌われた地味な歌です。なので今回は歌われないだろうなと私は想像していました。ところが小椋さんはこの曲を第2部の劇中歌として全曲歌ってくださいました。私は感動で涙が溢れました。コンサート終了後、同伴した3名と洋風居酒屋に行き、感想を述べあいながら、美味しい酒を飲みました。良き夜でした。私は実際に家出をしたことがありません。けれども、心のなかで私は何度か母にサヨナラを告げています。回数を言えるほど明確な意思でサヨナラした訳ではありませんが、回数はともかく、少年は心の中ではっきり母にサヨナラを告げたのです。そのとき自分の胸の中に何があったのか?それがいかなる実りをもたらしたのか?今ですら母に語ることが出来ません。私が得た心の実りが何なのか母には見えないと思います。が、たとえそれが見えなくとも、若き日の私の「遠い憧れ」を認め「遠い旅」を許してくれた母には感謝しています。