5者のコラム 「学者」Vol.54

大人の自覚を持つこと

子供が通っていた小学校の先生が4年生の担任時に「2分の1成人式」をやってくださりました。子供が10歳になったことを祝い各生徒に生まれて10年の慶びと未来の希望を皆の前で語らせるのです。大ぜいの保護者の方々が生徒の発表を聴いています。小さい頃に病弱だった子供。両親が複雑な家庭に生まれた子供。いろんな子供がいます。「2分の1成人式」を祝ってもらい、皆の前で未来の希望を語る子の姿に思わず涙する両親が多いようです。私は出席できなかったのですが、この話を聴いたときに何て素敵な教育なんだろうと思いました。先生に担任になっていただいて、うちの子は幸福だと思いました。毎年、成人式における若者のマナーの悪さが話題になりますが、心の発達程度と無関係に行政が「成人の日」の行事を行う以上、心が大人でない若者が出てくることはやむを得ない面もあるのではないかと私は感じます。成人が20歳と法定されたのが平均寿命50歳の時代だとしたら(現代は平均寿命が80歳を超えているのですから)現代の成人式は32歳で行って良いのかもしれません。自分自身を振り返っても、大人の自覚を持ったのは30歳を超えてからですし、もう大人であることから「逃げられない」と覚悟したのは40歳を超えてからです。国定される成人式と別に、個人の内面で決める成人式があって良いはずだと私は思います。
 私は学生の頃に哲学の本(「精神現象学」)を読んで「大人になること」とは何なのか考え込んだことがあります。その結論は未だ出ていませんが、今は節目節目の毎に考え直すのが良いのではないかと感じています。今風に言えば、30歳で「成人式1.5」40歳で「成人式2.0」という感じで各々の時点で「大人」の自覚を持つようにすれば良いのではないかと思います。私は今年50歳になります。「成人式2.5」の自覚を持たなければなりません。

易者

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