人生問題の決断は本人がしなければならない
イプセン「人形の家」(岩波文庫他)は次の筋書きです。
裕福な弁護士ヘルメルの妻ノラは夫から大切にされていた。が、ヘルメルの部下クロクスタ(ヘルメルから解雇されそうになっている事務員)がやって来て解雇を思いとどまるようノラに懇願する。クロクスタは、ノラが以前父の借用証のサインを偽造したことがあることを知っており、もし解雇されるならこれをヘルメルに暴露すると告げる。ノラは困り、クロクスタを解雇しないようにヘルメルに要望する。が、ヘルメルは取り合わない。クロクスタは事実を告げる手紙をヘルメルに送る。ヘルメルは激怒しノラを罵倒する。やがて改心したクロクスタから証拠書類が返還され、ヘルメルは安心し再びノラをやさしく迎えようとする。が、ヘルメルが対等の人間として自分を見ていないことを知ったノラは絶望し、家を出る。
魯迅は「ノラは家出してからどうなったか」で述べます(岩波文庫「魯迅評論集」)。
ノラは家出してからどうなったかということについては他の人が意見を発表しております。ある英国人の書いた戯曲では、ひとりの新しい女が、家庭を飛び出したものの、とうとう行くべき道がなくなって、妓女に落ちぶれることになっています。(略)
人生でいちばん苦痛なことは夢から醒めていくべき道がないことであります。夢を見ている人は幸福です。もし行くべき道が見つからなかったなら、そのひとを呼び醒まさないでやることが大切です。しかしノラはすでに目覚めたのですから、容易なことでは夢の中へ戻ってきません。それで出て行くより仕方なかったのです。
弁護士が困るのは「人生問題」の回答を求められることです。人生の決断をした方に法的なアドバイスをすることはできます。しかし決断そのものは本人がしなければならないのです。