メデューサの視線・法律家の心の健康
メドゥーサは大洋の果てに住む怪物ゴルゴーンの美しい娘。その美しさにより海神ポセイドーンの愛を受け、天馬ペガサスを産みます。しかし嫉妬深い女神アテナの呪力によりメドゥーサは髪の毛が全て蛇という恐ろしい姿に変えられてしまいます。そして彼女の姿を見る人はその視線で石にされてしまうのです(「ギリシャ・ローマ神話」岩波文庫162頁)。
精神科医・熊倉伸宏氏は「面接法」(新興医学出版社)の冒頭「他者の視線の恐ろしさ」を強調します。素人の相談者が専門家と称する者の前に進み出る時、専門家がメドゥーサの視線を送れば、素人は石になってしまうのです。熊倉氏は「専門家」として素人に接する精神科医・カウンセラー・社会福祉士・看護師などにこの危険性を指摘しています。
私は法曹実務家にこそ<メドゥーサの視線>が生じやすいのではないかと思っています。法律家はその育成過程において要件事実・事実認定教育を受けて、他者の言動を一定の型(パターン)にあてはめて理解するよう訓練されています。その訓練は職業生活上不可欠なものなのですが、他面でかような「法人」的思考は生身の人間と接する時にメドゥーサの視線になり得るのです。瀬木比呂志氏は判例タイムズ999号において「法律家の精神衛生に関する一考察」という特異な論文を掲載しています。この論文は法律家が受けた訓練の故に無意識のうちに他者に送るメドゥーサの視線が自身の日常生活に与える悪影響を細かく分析し、精神的不調を訴える法律家のため日常的ヒント(処方箋)を与えたものです。実務法曹は結構ストレスフルな職業です。法律家の心の健康問題は益々重要性を増すものと考えられます。「職業的な視線」を身内・同僚に向けて日常生活が息苦しいものにならないように法律家も気をつけた方が良いのでしょうね。