シャーマニズムと感情転移
超自然的存在と交流して治療や祭儀などを行う呪術的職能者(シャーマン)を中心とする宗教形態「シャーマニズム」があります(「岩波小辞典・社会学」114頁)。東北のイタコや南西諸島のユタが有名です。神霊と交流を行うときのシャーマンはトランスと呼ばれる意識変容状態に入ります。トランスに陥ると彼ら個人の人格は消滅し神霊が乗り移ります。庶民はシャーマン的存在を欲します。見えないものが見え聞こえないものが聞こえる彼らは庶民にとって畏敬(異形)の存在でした。
精神医療において医師は患者から「転移」の対象となります。感情転移(陽性と陰性がある)は精神医療で重要な意義を有しており、これを上手にさばける人が良い医師となります。転移が生じないクールな医師は悩み深き患者にとって<良い医師>とは言えないようです。
学生の頃、私は刑事政策福田雅章教授のゼミテンとともに国立武蔵療養所を訪れたことがあります。応対された精神科医は「こっちの世界とあっちの世界の両方に足をかけているから股裂きになって苦しくなることがある」と仰いました。大変な仕事ですが、転移が起こるということはその先生が患者にとって良い存在であることの何よりの証です。「あっちの世界」にも足をかけ股裂き状態に必死に耐えているからこそ患者は自己の人格を精神科医に託し得るのです。
転移が少ないクールな学者型の弁護士もいますし依頼者以上に熱くなる易者型の弁護士もいます。私は弁護士になって直ぐの頃は学者型でした。依頼者の感情に振り回されることを嫌い「見識のある弁護士」と見られることを強く欲していました。が最近「それは本当に良かったのか」と思うことが多くなりました。見識も大事ですが今の私は<依頼者の感情に寄り添うこと>も同じくらい大事だと思っています。シャーマンにはなり得ませんけど「こっちの世界とあっちの世界の両方に足をかけて股裂き状態にならなければならない」必然性を感じています。