5者のコラム 「5者」Vol.25

「行って帰る」物語

大塚栄志「ストーリーメーカー」(アスキー新書)は概ねこう述べます。

物語の基本は「行って帰る」だ。未知のものに触れて・そこから帰ることで人は元の場所の意味を知ることになる。主人公はそのために「境界線を越える」必要がある。

今・ここの確かさを実感するためには一度これを否定する必要があります。今を離れ過去や未来に思いを馳せることで人は現在の意味を認識する・この場所を離れ外の世界に触れ人はこの場所の意味を認識するのです。しかし否定だけでは不毛。人は最後に現実に帰ってこなければなりません。
1 健康に関し「行って帰る」場所が病院。人は病院において健常時には全く意識しなかった辛い体験をします。しかし、そのことで健常時の「当たり前」の意義を認識し、退院して初めて人は生きている実感を味わいます(病院から帰ることが出来なかったときは悲しい結末)。
2 学問に関し「行って帰る」場所が大学。学生は世間的常識を破壊されます。過去から連綿と続く体系的知識を注入されます。そこから現実に復帰し得た者こそが生きた知恵を発揮します(職業的な学者であればともかく、抽象的な学的知識を振り回す人は世間で浮いてしまいます)。
3 役割に関し「行って帰る」場所が劇場。人は日常生活を離れ、別次元の時間と空間を味わい・精神をリフレッシュすることができます(しかしながら「フィクション」の世界にハマリすぎると退屈な日常生活に我慢できなくなってしまいます・何事もほどほどが肝要)。
4 祈りに関し「行って帰る」場所が占いや宗教。占いや宗教は心の不安を解消します。これを生きる希望にする人は少なくない(が、いきすぎると他の人から警戒され日常生活に困難をきたします・特にカルトと称される悪質宗教にはまると大変です)。
5 欲望に関し「行って帰る」場所が遊郭。「遊びをせんとや生まれけむ」という「梁塵秘抄」の言葉があります。悪所を全否定する潔癖症は社会の心の余裕を無くします(ただし「悪所」に嵌ると平安な家庭生活や社会生活を破滅させます・要注意です)。