5者のコラム 「易者」Vol.109

手練に裏ドラは付かない

 最近の若い人はあまり麻雀をしないようです。麻雀はゲームに過ぎませんから出来なくても問題は無いのですが、麻雀が出来ると麻雀特有の表現に出会ったときに喜びを感じます。井上陽水さんはこう発言しています。

「若さというか不完全さがないと運はついてこない・手練に裏ドラはつかない」(斉藤孝「軽くて深い井上陽水の言葉」角川学芸出版58頁以下)。

陽水は阿佐田哲也氏の麻雀仲間ですが、阿佐田さんにはあまり裏ドラがつかなかったそうです。経験をつめばつむほど・上手くなればなるほど、偶然の女神が微笑んでくれなくなる。経験をつみ合理的にものを考えるとクールになって、仕組みが判ってものが見えてくると今度は運が逃げちゃう、というのです。逆に経験の少ない純粋な初心者に運が味方をして思わぬ大勝をもたらすことがあります。私は弁護士経験のなかで同じことを感じます。若いころは無鉄砲で、訳もわからず提起した訴訟でも偶然が重なって良い解決を得た事が何度もありました。しかし弁護士生活も10年を超えると裁判の仕組みが血肉として身についてきて、客観的合理的にものを考えるようになります。裁判官の判断傾向も判ってきます。予定調和の世界になります。偶然が重なった運が良い解決は無くなります。経験による手練には<裏ドラ>がつかなくなるのです。私は裁判所和解案を麻雀好き依頼者に次のように説明したら判りやすいと言われたことがあります。「今ならダマで平和(ピンフ)上がれます。勝負をかけるのなら3色狙うんですけど、上がれないリスク・振り込むリスクも出てきます。どっちで行くか貴方が決めてください。」依頼者の多くは平和(へいわ)志向です。リスクを避け円満解決を望む傾向が強いのです。麻雀用語を活用すると緊張感を高めず依頼者と話が出来ます。麻雀は運と実力が絶妙に入り交じった面白いゲームです。若い人も1度やってみたらどうでしょうか?

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