5者のコラム 「役者」Vol.55

役づくりの意識

 俳優は与えられた役を演じるために「役作り」を行います。
 たとえば本木雅弘氏は「おくりびと」で納棺師を演じながら「坂の上の雲」では連合艦隊参謀秋山真之を好演しています。香川照之氏は「龍馬伝」で岩崎弥太郎を「坂の上の雲」では正岡子規を本人になりきって演じています。その周到な役作りは本当に見事の一語です。
 優れた役者は本当の職業の人よりもその職業をそれらしく演じることができます。役者はその職業の本質的特性を見抜き短時間に我が物とする才能を有しています。彼らはある職業を完璧に演じた後、次の舞台においては全く別の役作りを行い、別の人生を演じることが出来ます。その場その場において自在に他の職業の属性を身にまとうこと、舞台が終わればその属性を脱ぎ捨て次の舞台のための属性を身につけること。それが役者の真骨頂なのです。
 弁護士は与えられた役割を演じるために短期間に専門的知識を身につける必要がある場合があります。詳細な準備書面を書く際や専門家証人の尋問前は本職の方に近いレベルの高度な知識を集中的に仕入れます。医療過誤では最新医学の知見を、欠陥建築訴訟では建築学の知見を、知的財産権訴訟では当該分野の知見を仕入れます。周到な役作りが必要となります。しかし、かように苦労して仕入れた知識も当該訴訟が終われば弁護士は(多くの場合)ほとんど忘れてしまいます。弁護士は多くの事件を同時並行的に捌いているので終わった事件のことをいつまでも頭の中に残しておく訳にはいかないのです。ある職業についての役柄を高度なレベルで演じた後、弁護士は次の舞台において全く別の役作りを行い別の人生を演じます。その場その場において自由自在に他の職業の属性を身にまとうこと、そして舞台が終われば直ぐさまその属性を脱ぎ捨てて次の舞台のための新たな役作りを行うこと。それが「役者としての弁護士」の真骨頂なのです。

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