5者のコラム 「役者」Vol.22

君の演技よりも僕の構図の方が大事なんだ

 笠智衆さんは小津安二郎監督からこう言われました。「笠さん、君の演技よりぼくの構図のほうが大事なんだ。言うとおりにやってくれよ。」(佐野史郎「怪奇俳優の演技手帳」岩波書店)。

「あまりにも有名な小津監督の言葉ですが、俳優本人がどうおもっていようが、構図的にその俳優の体勢がどういう角度になっているかでみえ方が違うということです。自分がどう思っているかということは他人が決めることで、自分はこう思っていると言ってもそれが本当かどうかなんて自分にもわからないということでしょう。自分の事はわからないから、小津さんがそうみているんならそれを素直に受け入れようとする、笠智衆の感性に唸るわけです。」

 裁判所から見れば弁護士がその事件をどう思っているのかなど意味はありません。事件の全体的構図の中で原告として被告としてやるべきことは決まっている。それが要件事実論の骨子です。司法研修所は裁判所の立場から「弁護士さん。君らの演技よりぼくらの要件事実論のほうが大事なんだ。言うとおりにやってくれよ。」と語っていたのです。私は笠智衆さんのような枯れた演技を自分もやってみたいとは思いません。「他人がそうみているんならそれを素直に受け入れよう」という渋い感性は現在の私には無いのです。「自分がどう思うかは他人が決める」という思想が存在するのは知っていますが現在は少なからず違和感があります。「他人にどう思われるかは自分が決める」という考え方も十分に存在理由があると感じるのです。私は「個性」や「主体性」を最初から祭り上げる思考は嫌いです。しかし生きてきた実感として、これらを最後まで認めない思考には馴染めません。要件事実は演劇における脚本に相当します。実践者の行為の幅は相当制約されています。しかし脚本が演出家や役者の解釈により違ったものに演じられるように、裁判における弁護士の「個性」や「主体性」は相当大きい要素ではないかと私は考えています。