5者のコラム 「芸者」Vol.159

勲章を受章した故の公的責任?

日奈子暁「不良中年の風俗漂流」(祥伝社新書)に以下の記述があります。

そして昭和34年(1959)4月30日「明治の児」永井荷風は80歳で永眠する。しかもその最期も、荷風らしく、市川市の自宅で、誰からも看取られることなく胃潰瘍の吐血によって引き起こされた心臓発作により死去したもの。1人暮らしの荷風の死体は翌日に、通いの手伝い婦により発見されている。当人は覚悟の上であっただろうが、孤独のままに迎えた荷風の死は様々な社会的な話題を巻き起こし、それをマスメディアが代弁したのだが、概してそれは好意的なものではなかった。と言うより「人間嫌いで、けちんぼう」「臨終も孤独のままに!文化勲章作家・荷風が貫いた奇人ぶり・主なき汚れ放題の住居」「親類や兄弟とも行き来せず母の葬式にも行かなかった」などなど荷風への人格攻撃が目立った。(37頁)

日本的な世間を嫌った荷風が、死後に世間から反撃を食らうのは、ある意味仕方がないのかもしれません。荷風自身、若い頃から世間の冷たい反応は知っていたでしょう。荷風が嫌ったのは「世間」であって「人間」ではない。誰より自由を愛した荷風が「孤高」であることを大事にしたのは当然のことです。これを表面的な観点のみで「孤独」と決めつけるマスメディアの凡庸なる視線に「自由という存在価値」の意義は永遠に判らないでしょう。メディアは「敬意の裏返したる蔑視」を荷風に投げつけました。それが「文化勲章を授賞した作家の公的責任」の故ならば荷風は勲章を受け取るべきでなかったと私は感じます。個人であることを大切に思う作家が勲章類を辞退することは珍しくありません(漱石など)。私も勲章類は(あげようとする人などいないでしょうけど)要りません。仕事を遂行するためならば多少は自分も曲げますけど世間のため自分を曲げる気などありません。勲章なんて要りません。