5者のコラム 「易者」Vol.131

依頼者の人生観を汲み取り自分の見識も表現

 草野隆「百人一首の謎を解く」(新潮新書)は優れた古典ミステリーです。前半部分で作者は百人一首に関する次の謎(疑問)を提示しています(43頁以下)。
  イ 神・仏・高僧の歌が見当たらない。賀歌(めでたい歌)も存在しない。
  ロ 幸福な人生を送った歌人が少ない(不幸な境遇の歌人が多い)。 
  ハ 「詠み人知らず」の歌が全く撰ばれていない。
  ニ その歌人の代表作と目されている歌が撰ばれていない。
  ホ 「我」「我が」という語句が目立つ。
 草野氏は、この歌集を「藤原定家が蓮生の別荘を飾る障子のために撰んだもの」と前提し、上記疑問に対する回答を導き出してゆきます。①蓮生は定家の息子の妻の父であり、経済力と軍事力を併せ持っていた人物だった。②蓮生は宇都宮に本拠を置く豊かな武士の棟梁であるとともに、他方で、浄土信仰に帰依した信仰心に篤い僧侶という2つの側面を持っていた。③蓮生は浄土宗の開祖・法然上人の孫弟子にあたる(弟子証空の弟子)。念仏信仰と浄土への憧れを有していた。その世界観では「苦の現世」と「楽の浄土」が対比された。④蓮生が造営した嵯峨中院山荘の居室を飾るため定家によって撰ばれたのが百人一首の原型だ。そこには「依頼者」である蓮生の宗教観や人生観をくみ取りつつ「和歌のプロフェッショナル」としての定家の見識も見事に表現されている。
 依頼者の経済力や人生観をくみ取りつつプロフェッショナルとしての自己の見識や価値観をも表現する。弁護士が定家レベルにまで自分を引き上げることは難しい技ですが、定家のプロ意識や心意気は謙虚に学んでいきたいと私は思っています。

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