5者のコラム 「役者」Vol.42

中高年男性の自殺

 私が大学生になり初めて見た芝居はアーサー・ミラー作「セールスマンの死」。劇団は昴・主演は久米明でした。<ウィリー・ローマンは63歳のセールスマン。トランクを2個持ちアメリカ東部をセールスしている。昔ほど売り上げがとれず長距離の運転も体にこたえるようになった。家のローンは多額に残っており保険の支払いにも追われている。ウィリーは売り上げの良かった時代を懐かしみ、長男の出来が良かった時や中古シボレーを買った時の思い出に生きている。妻は息子達に言う。「お父さんは疲れたのよ。36年も勤めた会社から固定給を打ち切られ歩合給になっている。毎日100キロ以上運転しても1つも売れない日があるのよ。」ウィリーは出来が良かった長男をダメにしたのは自分だと思っている。働いて妻に喜んでもらい、子供を成功者にするという夢は消えてしまった。ウィリーは禿頭になり、猫背になり、2個のトランクは重すぎるようになった。父と息子の言い合いの後、ウィリーは妻や息子らへの最後の愛情表現として自殺する。その保険金でローンは完済される。妻は最後に墓の前で呟く。「私は泣けない。あなたはまたセールスに出て行ったのね。家の最後のローンの支払いは 今日済ませました。でも、もう住む人はいない。借りも払いもみんな無くなったのよ。これで自由になったのよ。借りも払いもなくなってね。」
 世の中の中年男は皆がウィリー・ローマンなのだ、と大学生の私は感じました。自分の持つ技術は時代の変化で陳腐化する。昔のやり方のままでは商売にならない。責任は重くなるばかり、なのに体力は落ちるばかり。頭は禿げて背中は曲がる。自分の生きざまが子供に悪い影響を及ぼしていないか不安がある。アーサー・ミラーが描くアメリカ人男性の姿は60年以上経っても決して古びていません。日本人の自殺者が3万人を超えるようになって久しいものがあります。その多くは中高年で男性が多くを占めると言われています。