5者のコラム 「医者」Vol.26

ガンと認知症の社会学的意義

 犯罪は当の犯罪者自身も意図していない有用な効果を社会にもたらします。皆が声をそろえて犯罪者を非難することによって社会は集結力を高めるのです。同様にガンは社会の敵としてラベリングされています(5者11)。しかしガンが完全に無くなった社会を想定すると恐ろしくもあります。ガンが存在することで人間社会は一定数の死亡者を確保し、人口のバランスを保っています。将来、ガンが撲滅されて人間の平均寿命が100歳を遙かに超えてしまったら、人間社会はもっと悲惨な状況に陥り崩壊を早めるような気がします。ガンという遺伝子レベルの病気は人間が一定の年齢で死ねるようにするために神様があらかじめ遺伝子に書き込んでいるものなのかもしれません。
 同じことを私は認知症という病気について思います。小学生の頃、私は布団の中で「自分が死んだら考えているこの私の意識はどうなってしまうのだろうか?」と考えだし、あまりの恐怖感に寝付けなくなったことがあります。死への恐怖は大学生の頃も続き、その感情の正体を突き止めるため私は哲学の本を読みあさったところがあります。が弁護士の仕事を始め・結婚をし・子供が出来て・厄年も過ぎると、死への恐怖が和らいできたのを感じます。もちろん怖いことは怖いのですが子供の頃の恐怖感情とは明らかに違います。私はその延長線上に認知症を考えます。80歳になっても子供の頃のような死への純粋な恐怖感情を抱き続けるのであれば、老後の精神世界はひどく悲惨なものに違いありません。他方、認知症患者は死に関し極端な恐怖感情をもっていないように感じられます。認知症は近づいてくる現実的な死を前にした人間が極端な恐怖感情を持たなくて済むように、神様が予め遺伝子に書き込んでいるものかもしれないなあと私は思ったりします。

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