精神医療と近隣住民の不安
精神障害者による犯罪が発生すると(比較的軽いものでも)近隣住民から精神医療施設に対し苦情が出ることがあります。以下は通院患者による軽犯罪に関して精神医療施設に出された近隣住民の苦情に対し当職が医療施設側で起案した説明文の抜粋です。
今回の件で被害者の方が嫌な思いをされたことは当院としても遺憾に存じます。また近隣住民の皆様が不安を抱かれたことも十分認識しております。しかし精神医療は第1義的には疾病の回復のため、即ち患者本人の健康の回復のため行われているものであり、犯罪抑止を直接目的として行われているものではありません。精神医療福祉法にもとづく疾病の治療と改善が、結果として犯罪に至る衝動を抑止している面があるとしても、あくまで結果であり、精神医療自体が刑事政策目的を達成する手段として位置づけられている訳ではありません。犯罪を起こせば誰もが刑事訴訟手続により刑法に従って処断されます。精神医療を受けている方も同じです。仮に責任能力の観点で刑事責任を問えない場合は「医療観察法」という法律による特別な処遇の対象となるものと定められています。一般人に対する予防拘禁が許されないものであるのと同様、精神障害者に対し「犯罪を起こすかもしれない」という漠然とした疑い(抽象的な危惧感情)で予防拘禁をすることは出来ません。
当院はこの地に精神医療施設を開設し*年になります。この*年間に患者が重篤な犯罪を犯すことはありませんでした。世間的レッテルと異なり精神医療を受けている方は一般人より犯罪率が低いという事実を正確に御認識いただければと存じます。患者は*年*月から通院しています。重篤な精神疾患ではなく、今すぐに措置入院を要する程の具体的な「自傷他害のおそれ」は認められません。ただ本人が入院加療に同意していますので当分の間、この方式で治療を継続したいと考えています。開かれた地域精神医療の実践にご理解を賜りますようにお願い申し上げます。
* 精神医療患者の行動の自由は尊重すべき理念です(08年7月23日「精神病院における通信・面会の自由」参照)。他方、近隣住民の安全への願いも尊重すべき理念です。両者を調和して実践しなければならない精神医療は難儀な状態に置かれています。世間は後者を偏重する傾向があるので法律家は前者を意識的に提示しながら両者の落ち着きどころを探る必要があります。