農地評価と所有者不明土地
相続紛争で問題になる点の1つに不動産の評価があります。田舎不動産(特に田畑)の実情を知らない都会の方の一部に「不動産への幻想」を有している方がいて、その幻想が親族間の対立を招いている場面があります。以下に挙げるのは遺留分減殺請求訴訟において被告側代理人(農地等を相続した側)で論じた準備書面です。*末尾で近時施行される民法改正について触れています。
本件不動産の評価に当たっては相続時の不動産の状態と事後の費用負担を考慮しなければならない。これらは「査定書」(甲*)では考慮されていないし固定資産評価においても考慮されていない。しかしながら相続財産の「評価」とは当該不動産の具体的な状況に応じた<時価>を指すのであるから現在の具体的事実を踏まえて実質的に評価することを要する(乙*)。これらを考慮せずに単なる行政的評価基準だけで<時価>を算出するのは妥当でない(固定資産税は課税庁が税金をとるために設定している数字に過ぎず「実際にいくらで売買できるか」という時価と全く異なる)。農地山林の場合、良好な状態に保全するための継続的労力を考えると(意欲のある専業農家が取得する優良農地でない限り)相続はマイナスにしかならない。遺産相続におけるこれらの不考慮こそが郡部不動産を「負動産」とし相続放棄地(死んだ土地・所有者不明土地)にしてきたのである。
本件不動産が財産目録に書かれているとおりの価値を有していると原告が主張するのならば①本件農地を原告がその評価額にて取得すれば良く、そうでなければ②当該金額により本件農地を現実に買い受ける者(適法に取得する資格のある者)を提示すべきである。本件のような郡部における農地や山林の相続においてはⅰ実際に農作業の負担を強いられる取得者とⅱ全く農作業の負担をしない相続人(多くは都市部に居住する)間で強い利害対立が生じる。都市の不動産は多額の利益を生むプラス財産であるが、郡部の不動産の多くは将来の費用や負担を生じさせるマイナス財産(負動産)である。これらを考慮に入れない不動産業者の「査定」なるものに法的意味は無い。
政治問題化している「所有者不明土地問題」は農地山林の税評価と実際の経済的価値のギャップが背景に存在する。同時に農業や林業の難儀を知らない実務法曹や専門職(税理士・司法書士・不動産鑑定士など)の認識不足に依るところも大きいと考えられる。(以下、略)
* 原告は、農地の時価を固定資産税評価額よりもはるかに高額に評価した不動産業者の査定書を基準として遺留分額を主張しましたが、私は被告側として農地を保全するための費用や労力をふまえ固定資産税よりも低い評価が妥当と主張しました。裁判所は(家庭裁判所実務に従って中立的に)固定資産税評価額を基準として遺産を評価し遺留分額を算定する普通の判決をしました。原告・被告ともに控訴しなかったので確定しました。個別事案の解決としては仕方ありません。
* 長年「所有者不明土地問題」は大きな社会問題になってきました。この問題を解消するため、2021年4月28日、民法改正法が公布されました。(2023年4月1日施行)
1 相隣関係制度の見直し
①隣地使用権の見直し(209条)
②ライフライン設置権(213条)
③越境樹木切除権(233条)
2 共有制度の見直し
①管理変更に関する規律の見直し(251・252条)
②共有解消のための方策の改善(258条)
3 所有者不明土地管理制度等の創設
①所有者不明土地管理制度(264条の2以下)
②管理不全土地管理制度(264条の9以下)
4 相続制度の見直し
①長期間経過後の遺産分割の見直し(904条の3)
②相続財産管理の見直し(897条の2・940条)
③相続財産精算の見直し(952条・957条)
* 不動産登記法も改正され「相続登記が義務化」されました。明治以来「対抗要件」として、「権利」として位置づけられていた不動産登記が「義務」化される極めて重要な改正です。
①住所変更登記の義務化
住所を変更した日から2年以内に住所変更登記を申請しなければならない。正当な理由がないのに義務に違反した場合には5万円以下の過料。
②相続登記の義務化
遺言や相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならない。正当な理由がないのにもかかわらず義務に違反した場合には10万円以下の過料。
③所有不動産記録証明制度の創設
被相続人が持っている不動産の把握ができず相続登記が漏れるケースがあることから被相続人が登記簿上の所有者として記録されている不動産を一覧的にリスト化し登記官が証明する制度(「所有不動産記録証明制度」)が新たに設けられる。
* 法改正により「所有者不明土地問題」解消に向けて大きな1歩が進められたことは間違いありません。しかし根本的に「農業林業従事者の苦労に対する敬意の不足」という問題が存在することは変わりません。「環境問題」を声髙に言う都会人が多い割には、具体的に田畑や山林の保全を懸命に行っている農林業従事者に対する感謝の念を持つ人が少ない印象を私は持っています。