未収金と分割払い
専門職に対する生活困窮者のニーズを金銭的裏付けのある需要(有効需要)に変えるためには社会的制度が必要です。そしてこの制度を維持するためには利用者が約束を守ることが不可欠です。約束を守らない人が多くなると制度全体が破綻する危険を高めます。以下は、医療保険制度の自己負担金滞納について書き込みした際のFB友達との会話を下敷きに補正を加えたものです。
日本の国民皆保険制度は誰もが比較的低い費用負担で高水準の医療を受けられる優れた制度である。が医療費全額が保険給付されるのではない。保険財政やモラルリスクの観点で設けられている一部負担金が存在する。最近、この負担金を滞納しているケースが増えている。未収金を回収できない場合に保険者が未収金を徴収する制度はあるが(国保42条2項)適用要件は厳しい(60万円以上であること・1月に1回以上催告して記録を残すこと・内容証明を送付して記録を残すこと・6ヶ月経過後に少なくとも1回は自宅を訪問し記録を残すこと)。要件をみたしても保険者が支払うかどうか不明瞭という(「病院・診療所経営の法律相談」331頁以下)。医師は正当な理由が無い限り診療を拒んではならない義務を課せられているが(医師法19条)「正当な理由」に負担金の未払いは含まれないと解されている(旧厚生省の解釈)。負担金を滞納されていても診療義務を課せられる医師は難儀である。弁護士も経済的弱者に対する実質的信用供与を行っている。「分割払い」である(たとえば総額20万円の費用がかかる場合に2万円を10回で支払うようにする形式)。この場合10回を綺麗に払ってくれる人ばかりなら嬉しいが、中には受任通知を出したとたんに全く支払いを止める人も結構いる。最初の1回は払うものの2回目から払わなくなるというパターンが多い。では「支払いが無いから債権者との交渉を止めれるか?」というと簡単にはいかない。受任通知を出したことにより対外的に責任を負うことになっているからである。仕事をしない「正当な理由」として分割金の未払いは直ちには含まれない(契約解除により受任者としての地位が消滅したことが必要)。ゆえに依頼者が全く支払いをしない場合は契約解除を考えることになるが、解除に伴うトラブルも少なくない。困難なケースでは債権者や依頼者からの懲戒請求に発展することすら存在する。
* 弁護士の上記リスクを軽減するのが法律扶助です。かつては法律扶助協会が行っていましたが、現在は法テラスという国の機関になっています。
* 分割払による弁護士の債権も全額が所得税法第36条1項の「収入に計上すべき金額」に該当すると解されています(日本弁護士連合会・四訂版「法律事務所の経理と税務」新日本法規15頁)。債権回収できないことが客観的に疎明できれば「貸倒損失」として処理することも出来ますが結構な手間を要します。これが重なると弁護士は分割払いに対して消極的になるのです。
* 多重債務者からの受任の場合、着手時点では支払われるか否かが不明瞭なので例外として「発生主義」ではなく「現金主義」的処理が認められないか?が問題となります。「法律事務所の経理と税務」は例外扱いに合理性を認めていますが課税当局は例外を認めないという立場のようです。多重債務者の場合も受任時に全額が収入計上され、取りはぐれたら「貸倒損失」すべきことになります。