法律コラム Vol.84

心療内科の視点

交通事故被害者には心療内科疾患がしばしば見受けられます。心療内科疾患は整形外科医から理解されがたく保険会社社員や代理人弁護士からも不合理性を追及されることが多々あります(酷いときには「詐病」扱いされます)。被害者なのに自分のほうが悪いかのような言われ方をされ、それが心療内科疾患の重篤化を招くことも少なくありません。損保代理人が損保の意向に従い「画像」偏重になるのはともかく被害者代理人までかかる態度をとるならば被害者は救われません。被害者代理人は心身医学の研鑽を積み「心療内科の視点」を法律論として構成できるよう努力すべきです。

第1 総説
  本件を医学的に考察するためには「心療内科」と「心身医学」を正確に理解する必要がある。器質的(身体的)疾患や精神科(内因的)疾患との区別を正確に整理しないと被告代理人のように議論が的外れなものになってしまう。心身医学は器質的(身体的)疾患と異なるとは言え「科学としての医学」のひとつであるから、その医学的な機序を理解しておくことが極めて重要である。
 * 参考文献 末松弘行「心療内科入門」金子書房、久保千春編集「心身医学標準テキスト」医学書院、井出雅弘「臨床に役立つ心療内科入門」NCコミュニケーションズ、夏樹静子「心療内科を訪ねて」新潮文庫、池見酉次郎「心療内科:正・続」中公新書、久保千春「ここまでわかった心身相関・科学的にみたこころとからだの相互作用」診断と治療社など。

第2 心身医学・心療内科とは何か
 1 心身医学とは「心身症」に関する医学分野である。心身症とは「心の問題で生じる身体の病の総称」であり、その現れ方は実に多様である。同じようなストレスに晒されていても現実に心身症が「いかなる箇所に・いかなる態様で出現するか」に関して個体差が大きいとされる。
 2 心療内科は心身症を対象とする診療科である。日本の心療内科は昭和36年に九州大学医学部に精神身体医学研究施設が設置され、昭和38年に精神身体医学講座となり、同付属病院に心療内科が開設されたのが最初である。平成8年3月に医道審議会に於いて心療内科の標榜科目が認められ9月より施行された。現在は普通の市中に心療内科を専門(標榜)とする医師が多く存在する。

第3 他の診療科目との関係性
 1 器質的(身体的)疾患との区別
  心療内科は器質的疾患では説明がつかないような「心身医学的背景を有する疾病」を理解し治療することを自己の仕事とする。器質的疾患で説明がつく病態は守備範囲ではない。精密検査や治療を試みても「治らない」患者に関し心身医学的アプローチで迫るのが心療内科である。
 2 精神科(内因的)疾患との区別
  精神科が主に対象とするのは脳内伝達物質の異常により精神的な不調をきたす病態である。外的要因を考慮することはあっても2次的な問題であり第1目標は脳内疾患である。したがって内因的な「うつ病」と外因的な「うつ状態」は明確に区別されなければならない。「うつ病」はセロトニン等脳内伝達物質の不足(異常)によるものと考えられる疾患であって、外的なストレスがなくても発症する。これに対して心療内科が受け持つ「うつ状態」は異常な外的要因であるストレッサーに対して身体が(正常に)反応した結果として本人に不都合が事態が生じる病態である。

第4 医学的な機序(生物的メカニズム)
 1 器質的(身体的)疾患のハードメカニズム
  整形外科を代表とする診療科目は身体疾患を主な考察対象とする。病態として先天・変形・炎症・骨折・脱臼など外傷を主とする。人体の「ハードメカニズム」が考察対象となる。
 2 心療内科(心身医学)が前提するソフトメカニズム
  心療内科は端的に言えば「自律神経系」や「心と体の相関関係」を考察の対象にする。人間の「ソフトメカニズム」を専ら考察している。近時「ストレス」に関する研究が飛躍的に進んでおり、ある程度は科学的機序が明らかになっている。内臓・分泌腺・血管・汗腺などは脳の指令を受けることなく独立して機能している。この制御を行うのが自律神経である。その働きにより呼吸・心拍・体温・血圧・排尿などが自動的に調節されている。自律神経は交感神経と副交感神経のバランスにより機能しているが、ストレス原因にさらされることでバランスが壊れる。一般に代謝異常が身体的要素と精神的要素が総合的に絡むことで惹起されることは医学的常識である。代謝システムは個々独立し作用するものではなく①自律神経そのものによる調整と②オートクライン(自己分泌)やパラクライン(他者由来)といったホルモン分泌による調整と、③①が②を支配することによりなされる調整など複雑なシステムが存在しており、これが体の恒常性(ホメオスターシス)を維持している。身体的精神的ダメージによるストレスが自律神経疾患や内分泌疾患病状を重篤化させることは実務上よく見受けられる。心身症の発生機序はこれらが全てではないけれども、少なくとも「ストレスが人間の心身医学的背景に大きく関わっていること」は正確に理解されなければならない。

第5 交通民事訴訟における留意点
 1 「因果関係」の概念
  基本的に疾病は「質」的要素が強く「オールオアナッシング」である。特に整形外科を中心とする身体疾患はハードメカニズムにもとづくものであるが故に疾病の前後に明瞭な断絶がある。ゆえにその因果関係判断は明瞭であり一定の前提事実が認められる場合に、これにもとづく結果が科学的に帰結できる。法律家がこれを論じる場合も白か黒かの判断に馴染む。これに対しストレスに対する心身医学的反応は「量」的色彩が強く「少しの反応・中くらいの反応・強い反応・非可逆的な反応(自然回復しないもの)」などと表現することが出来るものである。かかる特性があるので、その「因果関係」判断は複雑であり、かつ個別性が強いものとなる。一定の前提事実(ストレッサー)が認められる場合、これにもとづく結果(反応)が科学的・統計的に帰結できるような性質のものではない。それゆえ法律家がこれを論じる場合も「白か黒か」の判断に馴染みにくい。
 2 「症状固定」と「後遺障害・後遺症」の概念
  法律実務で「症状固定」なる用語は主に自賠責で使われるものであって負傷または疾病が「なおった」ことを言う。医学上一般的に承認された治療方法をもってしてもその医療効果が期待し得ない状態で、かつ残存する症状が自然的経過により到達すると認められる最終の状態に達したことをいう、と定義される(「障害認定必携」による)。普通の民事交通事故訴訟では上記「症状固定」概念を前提に議論が進められている。ただ民事賠償で議論されているのは自賠責がいうところの「後遺障害」ではない。自賠責の認定基準は裁判所を拘束するものではない。交通事故賠償で議論されているのは「後遺症」である(青い本・赤い本による)。訴訟では形式的に自賠責後遺障害認定基準に該当するか否かが問題になるのではない。「被害者が事故後に後遺する病状(後遺症)でいかなる実質的損害を受けたのか」が評価の対象となる。心療内科疾患は「症状固定」なる概念と親和性が低い。心療内科において「なおった」なる明快な基準を立てられるようなクリアーな回復は考え難いからである。心療内科は患者が症状を「あるがまま」「もう1人の自分として」受け入れることで心的健康を回復し、その結果として身体状態を良くする、逆説的な回復プロセスを描いている。出血と止血・骨折と癒合などの整形外科的(ハードな)回復とは異なっているのである。

* 各論として№67「非典型後遺障害」を参照。良く 「素因減額」が議論されます。
* 和解が成立(パニック障害の事案)。「治療費と慰謝料に関し2割の素因減額・その余の損害項目は素因減額しない・心療内科疾患憎悪による特別増額・弁護士費用と遅延損害金を考慮する」案が提示され双方が受諾。事案の特殊性を裁判所に判ってもらえたので良かった。

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