自賠責と弁護士費用
交通事故による損害賠償請求訴訟において、弁護士費用を認容額の10%程度、相当因果関係のある損害として加害者に負担させるのが判例の一般的な見解です。例えば5000万円を基本損害とすると500万円の弁護士費用分が加わります。他方で自賠責は被害者による直接請求を認めています(死亡事故は3000万円が上限)。そのため損保代理人には「被害者請求をすれば3000万円を労せずに入手できるのであるから弁護士費用の算定に於いては3000万円を控除すべきである(基本損害が5000万円ならば弁護士費用は200万円)」と主張する者がいます(極少数)。以下は遺族代理人として提起した訴訟で主張した準備書面の一部です。
1 総説
弁護士費用については認容額の10%程度を事故と相当因果関係のある損害として加害者に負担させるのが判例の一般的な見解である。被告主張は、不法行為実体法上の損害認定と保険金給付の意義を全く没却したものである。
2 不法行為法上の「損害」と保険金「給付」の関係
簡単な例から考えよう。ある者(B)が他の者(A)のモノ(500万円相当)を壊したとする。AがBを不法行為で訴えれば裁判官は500万円全額を認容するだろう。この場合、Aがこのモノに損害保険を付けていたか否かは結論に関係が無い。つまりBが「このモノには損害保険がかけられていたから損害がない」と言ってみても主張自体失当である。保険はそれが付保されているだけでは実体法上の請求権に影響を与えない。それが影響するのは実際に500万円の保険給付が行われて損益相殺対象になった場合だけである。
損益相殺に関して判例が定立している基準は、①当該利益が損害の填補であることが明らかな場合には控除を認める(損害填補ではない搭乗者傷害保険、生命保険、労災特別支給金等は控除されない)、②社会保険給付に付いては支給が既に確定しているもののみ控除を認める(未確定の遺族年金・障害基礎年金等は控除されない)というものである。ゆえに例えば未確定である将来の介護保険による給付予定額は控除されない(大阪地裁平成13年6月28日、札幌地裁平成13年8月23日、東京地裁平成15年8月28日)「赤い本2004」高取裁判官講演335頁以下)。
理論的にも上記論理は当然である。「もしも保険が存在する場合には損害がない」ということになると、損害がないのに保険者が損害賠償請求権を代位取得できるわけがないから、存在しないものを保険者が代位取得することも出来なくなる。実体的な損害がありこれに保険給付したからこそ保険者は被害者の損害賠償請求権を代位取得できるのである。もちろん逆は成り立つ。損害保険が存在しても被害者が加害者から現実に賠償を得ているならば保険金請求権は発生しない。何故なら損害が無くなるからである。実体法と保険法の関係は常に実体法上の考察が優先する。実体法上の認識に於いて保険が意味を持つのは現実に給付を得た場合に限られる。
3 実体法上の弁護士費用の意味
弁護士費用については認容額の10%程度を事故と相当因果関係のある損害として加害者に負担させるのが判例である。問題は自賠法の直接請求の規定が「存在する」というだけで実体法上の通常の判断構造が修正されるかである。社会保険給付に付いては支給が既に確定しているもののみ控除を認めるというのが判例の立場である。ならば自賠法の直接請求の規定が「存在する」というだけで実体法上の通常の判断構造が否定されないのは自明である。実体法と保険法の関係は常に実体法の考察が優先するのであり、実体法上の認識に於いて保険給付が意味を持つのは常にそれが現実に給付を得た場合に限られる。ゆえに自賠法の「直接請求」規定が実体法上で意味を持つのはこの規定にもとづいて現実に給付を得た場合に限られる。そもそも自賠法上の「直接請求」の規定は「保険金請求権」ではなく被害者を早期救済させるため特別に付加されている規定である。一般に交通事故賠償は任意保険会社が一括処理し(そこでは当然に実体法上の請求権の内容が議論されている)、その後に任意保険会社が自賠責に求償する形で事後処理が行われている。当職は長年にわたり交通事故賠償に携わっているが直接請求をしたのは被害者の落ち度が極めて大きいレアケースだけである。直接請求の規定は弁護士費用を安くするために存在するのではない。被告主張を一般化すれば、自賠法の「直接請求」の規定は死亡の場合に限られないのであるから、傷害の事案でも・後遺障害の事案でも・想定される自賠責の金額に応じ「架空の被害者請求」を観念し、これを貰ったと仮定して(現実に貰っていないのに)実体法上の損害計算し、これをもとに架空の弁護士費用を観念するということになる。
4 結論
本件は通常のとおり認容額の10%程度を単純に加害者に負担させれば足りる。
* この論点につき私は一度しか判決を受けたことがありません。判決は被告損保会社の主張を一蹴しました。(かかる主張をする損保代理人が極少数です。)
* 2017年10月に新しい判決を得ました。当方の主張の通りに認定損害額の1割が加算されています(自賠責分を控除せよとの被告主張は完全無視)。