相続人の調査
故人の名義のまま登記が放置されているケースは少なからず存在します。かような場合も登記名義人の相続人全員から登記移転のための委任状をいただければ、現在の占有者に登記を移すことが出来るのですが、相続人が広範にわたるときや相続人の一部が反対するときは任意の登記手続が出来ません。このようなときは、相続人全員を被告として時効取得を原因とする登記請求訴訟を提起するのが一般的やり方です。その準備において、相続人の一部に行方が判らない方が出現することがあり、特に戦前の移住により海外に出た方がいる場合に弁護士は難儀します。戦前の福岡は海外移住に積極的な県だったので多くの海外渡航者が存在します。以下にあげるのは遠縁の方にお手紙を出して協力を呼びかけたときの書面です(英文を添えています)。
私は日本国の福岡県で法律事務所を開業している弁護士です。貴方のご親族である*様に貴方のことをお教えいただき、この手紙を出しています。この手紙を書くに至った経緯を説明します。私の依頼者は日本国福岡県*市に居住する*さんです。依頼の趣旨は、*さんが長年管理し税金も支払ってきた土地が、既に死亡している*さんの名義のままになっているため、自分の名義に移して欲しいというものです。*さんは貴方の*である*氏の*にあたります。この場合に*さんの全相続人の承諾書がとれれば名義変更が出来ますが、相続人が極めて広範囲に及んでおり、実際上実現が難しいので当職は「取得時効」を理由とした訴訟による解決を考えています(取得時効とは不動産を長年占有管理してきた者に対して所有者としての地位を与える制度をいいます)。*さんは土地を20年以上管理して税金も支払ってきたので*さんがこの土地の所有者として認められることは明らかと考えています。問題はこの手続を進めるためには*さんの相続関係を裁判所に全て明らかにする必要があることです。当職が*さんの相続人を調査したところ貴方の*である*さんは既にお亡くなりになっており*である貴方の*(*さん)も既にお亡くなりになっていると聞いております。これが事実であれば貴方は*さんの相続人のひとりとなります。しかし貴方のご両親は*国籍を取得なさっていますので日本に戸籍がありません。ゆえに2人が死亡していることがわかる公的な証明書および貴方が*氏と*氏のお子様であることがわかる公的な証明書が必要なのです。そこで当職はご両親の死亡証明書と貴方の出生証明書をご送付いただけないかと願っているわけです。本件は名義変更だけの形式的な手続ですので、貴方は裁判所に書類を出す必要はありませんし裁判所へ来る必要もありません。ご協力いただきますようお願い申し上げます。
* 相手の方から回答が来ました。ご協力いただけたものの死亡証明書を全て取り寄せることは出来ませんでした。そこで回答書を添えて不在者財産管理人選任の申立を行いました(公的書類で死亡を確認できなかったので相続財産管理人ではなく不在者財産管理人になります)。裁判所から不在者財産管理人が選任され、この不在者財産管理人を被告の1人として時効取得を原因とする登記請求訴訟を提起し、全相続人に対する認容判決を得て無事に移転登記をすることが出来ました。