法律コラム Vol.9

性的被害の慰謝料相場

女性の性的被害に関する慰謝料の「相場」に関して裁判所に対し問題提起をした準備書面です(若干補正)。地裁裁判官の認容した賠償額があまりに低かったので控訴した時のものです。
(福岡の原田直子弁護士との共同によるもの)。

損害賠償請求訴訟における損害額の認定は、裁判所の裁量の幅が大きいだけに実務上問題点が大きいとされてきた。特に名誉毀損において認定される慰謝料の額が小さすぎて実際上は「違法行為を行った者が勝ち」といった風潮を生み出していた。かかる社会的批判を受けて、近時裁判所にも見直しの契機が生じている(平成13年5月17日開催「損害賠償実務研究会」判例タイムズ1070号4頁を参照)。かかる見直しの必要性は強姦・強制猥褻・ストーカー・セクシャルハラスメント等の事案にも該当する。当職らはこれらの事案につき認容された判例を分析・整理したことがあるが、従来の裁判例は強姦ないしこれに準じる事案においてすら慰謝料を300万円程度しか認めておらず、このことが被害者保護を極めて劣悪なものにしてきたことは否めない。法的手続に訴えることでプライバシー侵害の危険性が増すのに、慰謝料額は交渉段階より低くなるのでは、被害者は何のために裁判所に救済を求めるのか判らない。かかる背景事情の下に、被害者の依頼を受けた弁護士が(何らかの交換条件を付けた)訴訟外の示談を強いられているケースも少なくないと思われる。かかる議論をすると必ず「日本の民法は懲罰的慰謝料を認めていない」などという反論が聞かれる。しかし、これは論点を外した議論である。問題となっているのは「被害者が受けた損害を慰謝するのに充分な金銭的補償はどれくらいか」という実質的問題であり懲罰的慰謝料を科すのが適当か否かという形式的な問題ではない(名誉毀損における賠償額の見直しの議論の中でも克服済)。
 違法行為を受けた後の被害者の精神的状態の評価にあたって重要なのは、かかる特殊な精神的被害を公正に評価する精神医学の発達である。いわゆるPTSDの概念はベトナム戦争後の帰還兵の精神的異常を契機として米国で発達したものであるが、かかる概念を社会的に認知させるのに精神科医(J.L.ハーマン、L.E.ウオーカー等)が果たした役割は大きい。本稿は精神的被害の大きさを感情論として訴えるものではない。甲*号証を参照していただきたい。原告は本事件の後PTSDとなり心療内科での治療を必要とした。実際仮処分を申し立てる時点の原告の精神状態はぼろぼろと言って良かった。原告は自殺寸前だったのである。(中略)裁判所には甲*号証を公正に評価していただき、原告の精神的苦痛の大きさをリアルに感じ取っていただきたい。

* 地裁は損害額を250万円(弁護士費用25万円)しか認めませんでしたが、高裁は500万円(弁護士費用50万円)と大幅に増額しました。

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