法律コラム Vol.36

営業価値の評価基準

営業権の譲渡価格は当事者間の協議で決まります。合意した売却金額が不当に高額であったとして買主が裁判所に訴えた場合、裁判所はいかなる評価基準で当否を判断すべきでしょうか?1審は「企業解体価値」を基準に相当額を算出し、これを超えた代金設定を違法として差額分の賠償を被告に命じました。私は控訴審で1審被告業者代理人に就任。以下は控訴審で主張した準備書面です。

(評価基準)
 企業価値の評価は評価基準の設定の仕方で全く変わってくる。特に大事なのは静態的評価方法(資産マイナス負債で算出)と動態的評価方法(期間損益を還元して将来利益を計算)の区別である。倒産処理法では、破産の場合には企業解体価値が問題になるので前者が、会社更生法や民事再生法の場合には企業継続価値が問題になるので後者が適用されている。本件は企業継続価値が問題なので動態的評価が為されるべきである。原判決は本営業の評価額として控訴人が管財人から買い入れた金額(静態的評価方法・企業解体価値にもとづく)をあてはめるが不合理である。仲介業者の買入価額を相当額として使うのなら仲介業者の存在意義はなくなる。評価を専門とする資格者の存在意義もなくなる。仲介業者は一般人より安く仕入れるが故に利益が生じるのである。これを超えた金額による売買を直ちに「違法」というのなら仲介業者の存立基盤は無くなる。仮に本件が赤字物件であったならば、かかる「欠陥商品」を買わせた行為が詐欺的なものとして攻撃対象となろう。そんな営業権は被控訴人も維持したくないであろうから喜んで控訴人に買い戻させるであろう。契約無効(不当利得・不法行為)の構成が立てられやすいのは事後に大赤字が出ている場合である。しかし本件営業は営業利益を出している。営業利益が出ているので営業権の収益還元価格が成立する。営業権譲渡契約が有効であるからこそ、契約の効果によって事後の譲受人の利益収受が正当化され、譲受人は営業利益の返還義務を免れる。かかる利益の総体として営業権の価格は意味を持つ。ゆえに契約有効の場合かかる利益の総体としての営業譲渡契約時点の価値が評価されなければおかしい。
(法律実務における評価方法)
 実務上ものの「評価」が問題になる場面は多い。遺産分割や離婚の財産分与・管財業務など日常茶飯事である。多くは不動産や有価証券である。不動産の場合は1物5価とも言われ、公的な数字ですら何種類もある。不動産鑑定理論にも数種のものがあり(詳細は「改訂版・要説不動産鑑定評価基準」住宅新報社を参照)不動産鑑定士はこれら複数の要素を総合考慮して評価する。不動産鑑定基準には①原価法②取引事例比較法③収益還元法など複数あるが、そのどれをどの程度用いるかは鑑定士により異なる。当職も多くの不動産鑑定に接しているが鑑定士は上記①②③をバランス良く吟味している。現実に行われた売買価格を参考にしないで評価額を決める鑑定士は存在しない。近隣地で近接した日時に現実に行われた売買価格は強い判断材料である。不動産鑑定士ですら現実の取引価格を無視して評価をつける訳にはいかない。取引市場や評価方法が確立していない営業権の場合も、不動産と同様に考えれば、鑑定評価基準として種々のものが考えられることになる。これらを資格を有した専門家が評価をしていくことになろう。が、*氏は資格を有した専門家ではない。同人は厳密な意味での原価計算もしていないし、類似取引事例との比較もしていないし、収益還元計算もしていない。厳密な意味での評価を全く行っていない。本件は現実に行われた商取引の事実が重視されなければならない。評価とは究極的には商取引における市場価格の期待値であり、その商取引が行われた事実こそが、当事者間の「評価」として合致したことを意味するからである。本件実際売買価格が*円であるならば、それが本件営業権の当時の評価額というべきである。

* かような議論は地裁段階で行われるべきものでしたが被告が本人訴訟であったため論理的な議論が十分に為されないまま(原告主張のとおりに)判決がなされていました。高裁において以上のような議論を最初からやり直し1年以上の和解協議が続けられました。その中で裁判所から原判決を前提としない和解案が示されたため、和解成立により本件訴訟は終了しました。

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