5者のコラム 「易者」Vol.91

文書は書かれた順に並んでいるわけでは無い

橋爪大三郎「教養としての聖書」(光文社新書)の記述。

旧約聖書は書かれた順に並んでいるわけではありません。旧約聖書の最初の5つの書物(創世記・出エジプト記他)をモーセ5書といいます。預言者モーセが神の言葉を聞いてこれらを書いたと信じられているからです。モーセがほんとうに書いたのであれば、いちばん古いことになります。けれども聖書学者の研究によるとモーセ5書が成立したのはバビロン補囚に前後する時期だと言います。モーセが生きていたとされる時代より700年も後のことです。(略)こうしてモーセ5書は、この世界を神が創造し、アブラハムに語りかけてイスラエルの民を選び、エジプトから約束の地に彼らを導き出すという壮大な物語として読み継がれてきました。(略)新約聖書は4つの福音書・使徒言行録・パウロをはじめとする使徒たちの手紙・ヨハネ黙示録の順に並んでいます。出来事の順番を追うように読めます。けれども、これらの書物はこの順に書かれたわけではありません。いちばん最初に書かれたのはパウロの手紙です。そのとき福音書は影も形もありませんでした。パウロは福音書を見ないで手紙を書いたのです。(略)新約聖書の登場人物は洗礼者ヨハネ→ナザレのイエス→使徒パウロです。(略)ナザレのイエスは書物を残しませんでした。イエスに教えを受けた人びとが証言を残し、それが福音書にまとめられました。

この視点は法律実務でも重要です。証拠として提出されているものは書かれた順に並んでいるわけではありません。そこには当事者の願い・意図・思惑が込められているのです。