5者のコラム 「役者」Vol.13
やり甲斐のある事件に仕立てるマスコミ
つかこうへいが弱冠25歳で戯曲賞を得た名作「熱海殺人事件」は次の筋書きです。
警視庁、木村伝兵衛部長の捜査室。そこへ富山県警から若い刑事熊田が赴任してくる。婦警の水野を加えた3人が捜査するのは熱海の海岸で同僚山口アイ子を腰ひもで絞め殺した大山金太郎の殺人事件。熱海で男が同僚の女を絞め殺した単純な事件を刑事たちが各々の美学を犯人に押しつけて無理矢理に捜査し、やり甲斐のある事件に仕立てようとする。いかにして三流殺人犯の大山金太郎を一流の殺人犯に仕立て上げることが出来るのか。
この作品で刑事達は平凡な事件を「やり甲斐のある事件」に仕立てるため容疑者の演出を続けます。庶民が心の底では悲惨な被害者を・残酷な憎たらしい犯人を観たがっていることに応えるかのように。私は銀行強盗の犯人を弁護したことがあります。凶悪犯として大々的に報道されました。私は新聞を読み不安を抱えて最初の接見に赴きました。被疑者と逢って私は驚愕。全く普通の青年だったのです。私「これ貴方が本当にやったの?」被疑者「そうです」私「何故こんなことやったわけ?」被疑者「それが自分でもよく判らないんです」。私たちは報道によって被疑者イメージを勝手に想像していますが、現実の行為者は違います。私たちと被疑者は紙一重です。夏目漱石が「こころ」で指摘したとおり、善人が何かの拍子に悪人になる。その瞬間の心の機微は報道されるほど簡単なものではありません。マスコミの犯罪報道を観ていると、自己の美学を犯人に押しつけ、やり甲斐のある事件に仕立てようとする「熱海殺人事件」の刑事達がだぶって見えてしまうことがあるのです。