疫学的推論と因果関係
津田敏秀氏は「医学と仮説」(岩波科学ライブラリー184)でこう述べます(82頁)。
ある期間において、ある個人に生じたある暴露が、後にその人にある病気を引き起こしていることを想定し、この人にこの2つの出来事が起こった場合と起こらなかった場合、それぞれ2通りを考えてみよう。総計4通りのパターンが考えられる。①暴露が起こって病気も起こった。②暴露が起こり病気は起こらなかった。③暴露が起こらず病気が起こった。④暴露が起こらず病気も起こらなかった。このうち因果関係が問題になった際に注目されるのは①のみである。だから我々は日常生活で暴露が起こって、その後病気が起こると、その病気はその暴露により引き起こされた、すなわち病気は暴露との因果関係により起こったと判断する訳である。
法律学者は「自然的因果関係」と「法的因果関係」を分けて、前者につき条件関係(あれなけらばこれ無し)を、後者につき相当性を議論することが普通です。しかし「条件関係」は簡単に真偽を判定できる事実命題ではありません。何故なら、かような場面においては結果は既に発生していることが通常であり(②の否定)、原因の不存在を措定することは反事実(現実には無かったこと)を示すことになる(③④の否定)からです。「暴露」と「病気」は事実ですが「因果関係」は評価です。条件関係を基礎にして「自然的因果関係」を判断し、相当性の絞りをかけて「法的因果関係」を議論するという法律学者の説明には疑問があります。医学(疫学)は大量のデータを集め、これを統計的に処理することにより厳密な因果推論の可否を判断しています。これに対して法律は複雑な情報処理を省略し「経験則」というマジックワードを使って簡略化された因果関係判断を行っているのです。