5者のコラム 「役者」Vol.86

元の世界に戻るまでのワキの役割

青木雄二「なにわ金融道」宮崎駿「千と千尋の神隠し」ダンテ「神曲」。時代も趣向も背景も全く異なる物語です。しかしこれらの作品には重要な共通項が認められます。主人公は日常世界から突然「異界」に彷徨いこみます。異界のあり方に戸惑いながらも、主人公は先輩に恵まれ、異界の成り立ちやルールを教えてもらうことになります。主人公が直面する異界への違和感を和らげる脇役の存在が物語の重要な要素です。「なにわ金融道」における桑田・「千と千尋の神隠し」のハクとリン・「神曲」におけるウェリギリウスがここでいう脇役です。脇役から異界の成り立ちやルールを教えてもらった主人公は生きる力を回復し、自分自身の意思と力で異界を潜り抜け、元の世界に返ってゆくことになります。脇役とは能舞台における「ワキ」です。ワキは主人公である「シテ」の登場を準備し、その正体を観客に指し示します。「シテ」が舞台の中心で舞っている間、その脇で静かにこれを観ています。シテの話を聞き出したワキはただ座っているだけなのですが、シテは(先に異界に通じた)ワキによって救われるのです。
 依頼者は突然「異界」に彷徨いこんだシテです。そして弁護士はシテが直面する異界への違和感を和らげるワキたる存在です。ワキである弁護士は日常生活とかけ離れた異界の成り立ちやルールを依頼者に指し示さなければなりません。弁護士から異界の成り立ちやルールを教えてもらった依頼者は不安を解消しながら生きる力を回復し本来持っていた意思と力で異界の闇を潜り抜けて日常生活に返ることになります(「異界の同行2人」)。異界を潜り抜ける際のシテの不安・憎しみ・悲しみ。これを受け止め、無事に元の世界に戻ってもらうところにワキの喜びと苦悩が存在します。弁護士は名脇役である桑田・ハクとリン・ウェリギリウスに学びましょう。