戦前の東京市の区名。渋谷も新宿も池袋も「東京」ではなかったし、いわんや「江戸」では全くなかった。江戸・東京は概ね「山手線の内側に浅草・本所・深川を加えた領域」でした。おそらく今の区名よりも戦前の区名のほうが各地域毎の特徴を良く表現しているように感じますね。

*文政元年(1818)8月老中阿部正精は幕府の公式見解として江戸の範囲を確定。北は荒川石神井川(板橋宿・尾久周辺)東は中川(亀戸・平井周辺)西は神田上水(代々木・角筈・長崎周辺)南は目黒川(品川宿周辺)までを御府内と定めた。このラインは朱線で引かれたので「朱引内」と呼ばれた。