久留米版徒然草 Vol.316

歴史は人間がつくる

安部龍太郎「100分で名著・司馬遼太郎:覇王の家」の要約。①この著作が発表された1970年頃は全共闘運動が盛んだった。唯物史観が世間を覆っていた。司馬さんは時代に抗して「歴史は人間がつくるのだ」と主張した。②司馬さんは「三河人はこういう人間だ」という「決めつけ」を多数行っている。それは物語を進めるため不可欠の骨格である。③家康は味方であった信長や秀吉よりも信玄に多くを学んだ。それは中世人気質が共通するからだ。④家康は桶狭間の後すぐに織田方についたわけではない・事後2年は今川方として織田方と戦っている。それが律義さの徴だ。⑤信長は信義を守って意地を貫く人物が好きだった・そういう人間でなければ使い物にならないと考えていた。⑥司馬さんは三河が「今川の属国」であったという側面を強調する・それは当時のアメリカの属国たる日本を意識したもの・属国だから敵と向かい合う最前線に置かれ使い走りをさせられ収奪もされる・そういう日本の境遇と今川家の先兵として織田と対峙させられる松平家を重ねていた。⑦信玄と戦えば勝てないことは家康にも判っていた・しかし家康は浜松城に籠城せず打って出た・結果は敗北だが家臣団の結束は逆に高まった。⑧無能な指揮官・無謀な戦争指導者に対する怒りが叙述に反映されている(愚かだった指揮官が生きながらえて腹も切らずに戦後良い政治ポジションについた憤りを表現した)。⑨長男信康の妻は信長の娘徳姫であり自分の妻築山殿は今川の姫である。自分より高みに立つ2人の女性の間で生きなければならなかった家康の困難な状況を司馬さんは赤裸々に描いている。

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