この著作が問答形式で書かれた理由は3つだ(@平田オリザ)。1兆民が演劇好きだった。2哲学は問答形式で成立した。3当時の日本語では対話形式でなければ政治を叙述出来なかった。

『会話』は親しい人同士の「おしゃべり」であり『対話』は異なる価値観をもつ他人との「すり合わせ」である。対論(ディベート)には勝ち負けがあり対話(ダイアローグ)に勝ち負けはない。明治時代にこれらの差異(意義と問題点)を正確に理解していたのは中江兆民や福沢諭吉など少数に過ぎなかった。現在もそうではないか?現代社会に必要とされているのは『対話』である。