久留米版徒然草 Vol.12

親ガチャという病

「親ガチャという病」(宝島社新書)から論者の印象的な言葉を列挙する。
 決定論的人生観は経済格差と関係格差に由来。それが居場所の喪失を加速させると同時に居場所の喪失が自己像を硬直化させ決定論的人生観を根深い物に変質させている。親ガチャなる言葉には経済状況だけではなく頭や容姿・対人関係能力なども含まれる。それらを親からの遺伝や環境としてとらえ人生を規定する要因と強く考え過ぎている(@土居隆義)。正義や常識は相対的なもので時代とともに変わるという当たり前の認識が日本では通用しない。声のでかい奴の言うことがまかり通りやすい。「正義」が暴走している(@和田秀樹)。「自分が理解できないこと」に対し寛容ではない。「自分に判らないもの」は悪で「判るもの」しか正義ではないという人が多い(@池田清彦)。ルッキズムの二極化。リアル場面における顔隠し(マスク過剰着用による「顔パンツ」現象)とバーチャル場面での顔露出(SNSで「きれい」「かわいい」顔の過剰氾濫)(@香山リカ)。「弱者」とは努力せずに理解されたいと思う人のこと。理解してほしいと主張するからには理解されるために努力をしたかという話になるが、ほとんど努力していない。これに対して理解されるための最大の努力をしながらも理解されたいと思わない人が「強者」である(@中島義道)。

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