歴史コラム(ルーツを探る)
アメリカは「建前としての自由」と「実態としての差別」が混在している不思議な国。1776年に独立宣言を起草したジェファーソンは200人の黒人奴隷を農作業に使用する<偽善者>でした。リンカーンは南北戦争中の1863年に奴隷解放を宣言し1865年に合衆国憲法修正13条(奴隷制度を禁止)を加えることに成功しましたが直後に暗殺されます。その後も差別的制度は存続し続けました。反抗的な黒人を犯罪者に仕立て上げ長期刑に科することは容易でした。彼らは囚人として企業に貸し出され、政府は収入を得て、企業は囚人労働により多大なる収益を上げました。1875年公民権法は、公共の場での人種隔離を禁止したものの、私人間の行為には及ばないと解釈されました。1896年には連邦最高裁さえも州政府による人種隔離政策を是認しました(プレッシー判決・列車車両を人種で分離したルイジアナ州法を合憲と判断)。この悪名高い判決によりあらゆる場面で人種隔離政策が進行。黒人の参政権を事実上剥奪する意図で読み書きテスト・投票税などが制度化されました。裁判所は白人が支配していました。それゆえ白人は罰せられる心配をせずに反抗的黒人にリンチをふるうことが可能だったのです。リンチの圧倒的多数の被害者は黒人で、処刑儀式には白人の指導的人物すら加わりました。(上杉忍「アメリカ黒人の歴史」中公新書63頁以下)
アメリカのテレビドラマ史上最高の傑作が「ルーツ」(1977ABC)。18世紀半ばにアフリカから奴隷船で連れ去られてきた少年クンタ・キンテを始祖とする親子3代の黒人奴隷の物語です。アフリカ系アメリカ人のルーツが生々しく描かれました。平均視聴率は45パーセントを記録し原作者アレックス・ヘイリーはピューリッツァー賞を受賞しました。私の手元にNHK「映像の世紀」全11巻のDVDがあります。第9巻は「ベトナムの衝撃・アメリカ社会が揺らぎ始めた」と題され黒人差別撤廃を求めるアメリカ激動の時代の映像が集められています。1963年のワシントン大行進においてリンカーン記念堂前でなされた「I have a dream!」と連呼するキング牧師の演説は万人の魂を揺るがすものでした(「アメリカ黒人演説集」岩波文庫275頁)。かかるキング牧師の運動を生ぬるいと批判する急進派のマルコムXは1965年に暗殺され、穏健派のキング牧師も1968年に暗殺されます。この苦難の時代を乗り越えて出現したパウエル・ライス・オバマと連なる黒人政治指導者に私は隔世の感を覚えます。アメリカの政治が何か輝かしいものを民衆に感じさせるのは、その政治主体がこういった具体的政治理念を体現しているからだと思われます。
私も若い頃「人生とは何か」と悩む時期がありました。しかし今はかかる抽象的な問いには反応しません。今の自分にフィットするのは「自分のルーツは何か」という問いです。自分はどこから来たのか?自分は何者か?自分はどこに行こうとしているのか?そんな具体的問いが私を捉えます。自分のルーツがとても大切なものに思えます。故郷の町並みを歩くのが楽しくなりました。数年前に有馬藩のふるさと・神戸北部(旧有馬郡)の三田(満田)及び丹波福知山へ出かけました。子どもと一緒に明日香村に出かけたこともあります。日本最古の仏像と言われる飛鳥大仏に対面したときには何ともいえない感慨に浸りました。現代は混迷の時代。このような時代こそ「自分の根っこ(ルーツ)」を考え続けていくことが「生きた知恵」となるのではないか?私はそう感じています。
* 2022年4月8日記。NHK朝ドラ「カムカムエブリバディ」が終了。
良いドラマだった。最後に「物語の構造」が明らかになるのは演劇や映画でたまに見受ける手法。このドラマは孫が(未来の時点から)三世代にわたる過去100年の家族史を振り返るものであった。ナレーションを務めるのがひなた初恋の少年ビリーで、ひなたと共にラジオ講座の講師を務めた。「3世代にわたる物語」はラジオ講座「Hinata’s Sunny Side English」のテキストなのだった。
印象的な副題は「未来なんて、判らなくたって、生きるのだ。」物語を繋ぐルイ・アームストロングの名曲「On the SunnySide of the Street」は「ひなたの道を歩けばきっと人生は輝くよ」と訳された。ひなたの師匠伴虚無蔵(松重豊が演じる)のセリフが素晴らしい。「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」「そなたが鍛錬し・培い・身につけたものはそなたのもの。一生の宝となるもの。されど、その宝は分かち与えるほどに輝きが増すものと心得よ。」
日本近代史におけるアメリカへの愛憎・ジャズの歴史・ラジオの意義などが隠れたテーマ。安子編が戦前戦中戦後直後(1925~51年)るい編が高度経済成長期(1962~76年)ひなた編が80年代以降(1983~2025年)と過去の朝ドラが重点的に扱ってきた時代を三分割し、夫々の時代ならではのヒロインの人生を紡ぎ出した。私の父は1925生まれで私は1962生まれ。少しかぶる。
人間がトップスピードで走れるのは約30年だ(生物的には20歳から50歳・社会的には30歳から60歳)。なので「人間に即して100年の歴史を語る」には3世代を必要とする。