歴史散歩 Vol.16

歴史コラム(東京裁判と歴史散歩)

 大学3年生の時に国立市の映画館で映画「東京裁判」(小林正樹監督)を観ました。長時間(約4時間半)の映画なのですが、2回連続で観ました(計9時間)。1回目を見終わってロビーを出る時に、これから入ろうとする英語のネルソン先生(米国人)と逢い、先生から「一緒に見ましょう」と言われたからです。映画を見終わった後で先生と近くの喫茶店に入り感想を述べ合いました。哲学や社会学を学んでいた私が法律に関心を持った最初の場面です。今も鮮明に覚えています。

 映画によって東京裁判への関心を深めた私は書店で東京裁判研究会編「パル判決書(上)(下)」(講談社学術文庫)を買い求め「法律の素人」なりに読み進めました。「同僚判事の判決と決定に同意し得ないことは本官の極めて遺憾とするところである」という印象的な1文で始まるパル判決書は以下の論理構成をとっています。
 第1部 予備的法律問題
   (裁判所の構成・管轄権・適用される法・定義等・戦争と個人責任)
 第2部 侵略戦争とは何か
   (各種の定義・自衛戦争の意味)
 第3部 証拠及び手続に関する規則
   (伝聞証拠排除の必要性・却下された弁護側提出証拠の意味等)
 第4部 全面的共同謀議
  A 緒言
  B 満州の支配の獲得
  C その他の中国の支配及び制覇の拡張
  D 枢軸国との同盟による侵略戦争準備
  E ソビエトに対する侵略
  F 侵略戦争の拡大(太平洋・インド洋に対する拡張)
 第5部 裁判所の管轄権の範囲
  審理対象たる「犯罪」は当時の国際法上犯罪性が確立したものでなければならず国際法は戦勝者に対しこれ以上の広範な権利を付与するものではないとする。
 第6部 厳密なる意味における戦争犯罪
  1 殺人および共同謀議 
   立証が無いとする。
  2 一般人に対する訴因 
   南京事件は存在を否定しないものの誇張されたものと評価している。その余の事件も被告人らへの帰責は出来ないとする。
  3 俘虜に対する訴因 
   違法行為の存在は否定できないが被告人らへの帰責は出来ないとする。
 第7部 勧告
   パル判事は被告人全員を無罪としました。勧告を「時が熱狂と偏見をやわらげた暁には、また理性が虚偽からその仮面をはぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、その所を変えることを要求するであろう。」と締めくくっています。

 私は「法律家の凄さ」に圧倒されました。私が司法試験の勉強を始めるのは、この約2年後ですが、この頃から私の中では「法律家への憧れ」が芽生えていました。
 東京裁判とパル判決に関してはいろんな見方が存在します。書物も玉石混淆です。バランスのとれた書物として大沼保昭「東京裁判から戦後責任の思想へ」有信堂があり、購入しやすいものとして日暮吉延「東京裁判」講談社現代新書、牛村圭他「東京裁判を正しく読む」文春新書、大畑優一郎「東京裁判・フランス人判事の無罪論」文春新書等があります。多くの政治的言説は東京裁判を自説に都合良く利用しているだけです。検察側の主張(連合国TheUnitedNationsの見方)を鵜呑みにしている方も多いようです。これと対極にパル判決を根拠に日本の正当性を説く者も少なくありません。たしかにパル判事は連合国による「文明の裁き」を否定しました。しかし、大日本帝国の行動を肯定してもいません。パル判事は法律家としての見識を厳密な論理形式で示しただけです。日暮氏は「どうにも日本人はパルの存在を過大視しがちであるが、判事団内部でパルは『周辺』的存在でしかなかったし、やがてはパトリックも持論にこり固まるパルにはサジを投げることになる」とクールに論じています(同書233頁)。私も当時パル判決を過大視しすぎた1人です。今でこそ日暮氏が提示する広い視点から東京裁判を振り返る余裕もあります。しかし、大学3年生という多感な時期にかかる大きな問題(戦争と犯罪・国家と個人・勝者の作る歴史)を多少考えたからこそ、私は人生の軌道修正が出来たように思うのです。「パル判決書」を読んだ後、21歳の私は東池袋中央公園(巣鴨プリズンの死刑執行場所)を訪れ感慨にふけりました。私の「歴史散歩」の原点です。

* 2015年秋、仕事で上京した私は東池袋中央公園を訪れました。大学3年生の時以来32年ぶりに「永久平和を願って」の碑に対面し深い感慨を覚えました。

前の記事

有馬記念の産みの親

次の記事

天才とバカ殿