歴史散歩 Vol.30

久留米のラーメン

 旭屋デパートが誕生した昭和12年、九州ラーメンの元祖たる屋台が久留米に誕生しました。ここから出発したラーメン店はB級グルメの街・久留米に欠かせない存在になっています。(参考文献:原達郎「久留米ラーメン物語」など)。

 昭和初年、宮本時男さんは父兼松さんと一緒にうどん屋台「たぬき」を開いていました。昭和10年、宮本さんは弟から「東京横浜にはシナそばという美味いものがある。あれをやったらどうか。」と勧められ横浜の南京街(現在は中華街と呼ぶ)に味の習得に行きました。そして昭和12年「南京千両」の名で立ち食いのラーメン屋台を始めます。これが九州ラーメンのルーツとされています(原15頁)。屋号は昭和12年日本軍が中国の首都「南京」を「占領」したことに因むものです(当時の中国の首都は南京であり北京は「北平」と呼ばれる古都でした)。久留米の老舗ラーメン店の屋号には他にも「瀋陽軒」「満州屋」など当時の久留米と大陸の関係を感じさせるものが残っています。この年、久留米には高射砲第4連隊が設置され軍都久留米は臨戦態勢を高めていました。5・15事件(昭和7年)に対し軍部批判の論陣を張った菊竹六鼓も亡くなっています(菊竹六鼓は吉井町出身で福岡日々新聞(現在の西日本新聞)主筆を勤めた大ジャーナリストです)。ブリヂストンタイヤは本社を久留米から東京に移転します。他方、軍縮で大正14年に廃止された第18師団が軍備拡張により復活します。昭和12年は久留米にとって激動の年だったのです。宮本さんは(横浜そばだけではなく)久留米「光華楼」のちゃんぽんも研究対象としていたようです。光華楼は筑後初の中華料理店で大正6年(1917年)創業。経営者翁さんは長崎の「四海楼」と縁戚関係があるようです。久留米が九州ラーメンの元祖になる背景にはこの繋がりもあったんですね。「南京千両」のラーメンを食べる方は普通の九州ラーメンとの違いに戸惑うかもしれません。非・白濁とんこつスープ。短冊形のチャーシュー。シナチクと言いたいメンマ。原さんは「刻みチャーシューと麺に横浜中華街の、スープに長崎ちゃんぽんの、影響が認められる」と評しています。昔のスタイルを守り続けるところに九州ラーメンの元祖としてのこだわりを感じます。螢川町にも店舗があります(南京千両マリン)。

 現在の「典型的な九州ラーメン」のスープは昭和22年に「三九ラーメン」の店主・杉野勝美さんが、豚骨を沸騰させずにとる清湯スープを作ろうとしているときに、火加減を間違い、長時間煮立てて出来た失敗スープが意外に美味かったことで偶然生まれたものです。九州ラーメンの特徴であるトッピングのノリも杉野さんが創始したものだそうです。杉野さんは昭和26年に佐賀市の四カ所出光さんに「三九ラーメン」の屋号を譲ります(この佐賀の「三九ラーメン」は裁判所から歩いて3分くらいの所にありましたが閉店しています)。杉野さん自らは小倉に移り「来々軒」を開き今日に至っています。佐賀の四カ所さんが玉名に出した「三九ラーメン」支店の常連客が修行して開いたのが熊本の名店である「桂花」「こむらさき」「味千」だそうです。

 現在の久留米一番の人気店「大砲ラーメン」は「青陽軒」の初代店主・飯田さんの義弟である香月昇さんが昭和28年に明治通りに開いた屋台がルーツ。「呼び戻し」と呼ばれる手法を誇っています。 古いスープ釜があり、毎日これと別にとったスープを少しずつ継ぎ足しながら作るという技法だそうです。本店は五穀神社の前にありますが、いつも行列が出来る人気で日祭日には遠方から来るお客さんも多いようです。現在の社長香月均さんは文筆家でありその原作になる「ラーメン侍」は映画にもなりました。
 
 長距離トラック運転手に愛され続けている「丸星ラーメン」は昭和33年の創業です。国道3号線沿いに広い駐車場を確保した24時間営業という斬新なスタイルが人気を博し、久留米を代表する名店となりました。昔ながらのレトロな店舗ながら絶大な人気を誇っています。ここの特徴は「うまい・安い・早い」です。現在、創業者・星野五三郎さんの娘さんである小川妙子さん・和泉さん夫婦で暖簾を守っておられます。警察犬を育てておられるユニークな人柄と、自ら作詞して録音・発売されるほどの歌への思い入れが印象的です。

 久留米で不思議なのは食堂の名前を冠しながらラーメン専門店より旨い店が存在することです。その代表格が明善高校横の「沖食堂」(昭和30年創業)と聖マリア病院近くの「ひろせ食堂」です。いずれも安くて美味しいと評判で、各種ランキングでも上位に食い込んでいます。*沖食堂は直ぐ近くに移転しました。レトロな店舗が貴重だっただけに少し残念。
 
最近増えてきたのがしょうゆラーメンです。私のお気に入りは警察署右横にある「しのわ」です。平成14年の創業です。ここは無化調(化学調味料を一切使用していない)を売りにしており、後味の良いスープで評判です。開設者である稲益さんは長年酒類を扱っておられ、ワインに極めて詳しい方です。なので「しのわ」も夜はサイドメニューをそろえた居酒屋風の趣向になります。

久留米市役所近くに「さっぽろ」ラーメンがありました。非とんこつ・非しょうゆのラーメン店として独自の存在感を放っていたのですが、令和3年10月末を以て閉店されることになりました。味噌や塩バターが美味しかっただけに残念です。
 久留米高専先にある小森野の「さっぽろ」は今も健在です。

* ラーメンのスープはタレを出汁(ダシ)で割って作ります。出汁は鶏ガラが基本です。他に豚骨・牛骨・削り節・昆布・野菜・煮干などの様々な材料が使用されます(店が一番こだわっているところです・レシピは秘密)。これに臭み消しとしてタマネギ・長ネギ・生姜・ニンニク等の香味野菜が使われます。ただ、これだけでは客の満足するうまみを生み出すことが難しいので多くのラーメン店は更に化学調味料を加えています。化学調味料を使わない無加調ラーメンは極少数です。これに対しタレはしょうゆ・味噌・塩が基本です。とんこつラーメンという表現は出汁による分類であり、タレによる分類は「しょうゆラーメン」に属します。

* 八女市黒木町の「まる万」も美味しいお店。女優の黒木瞳さんや作家の安部龍太郎さんが帰省されるときには必ず立ち寄るという評判です。

* 久留米裁判所近くに「来雷軒」という白濁とんこつスープの美味しい店があったのですが店主が御病気で亡くなられたので閉店されました。残念です(涙)。

* 久留米シテイプラザの脇に「といろ」が出店。本格的な醤油ラーメンを味わえます。お勧め。トッピングの極太メンマが絶品です。

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