5者のコラム 「役者」Vol.166

日日是俳優

初期の頃のコラムで次の記述を引用しました(「占い師が教える心をつかむ会話術」)。
 

なりたい自分に近づけていく努力とはいったいどういう努力でしょう?私は「演じる」ということだと考えています。占い師も国家資格があるような職業ではないものの、人から「先生」と呼ばれる商売ですから人格者ともいえるようなちょっと格好のいいことを言うこともあります。日々が女優の日々かもしれません(笑)。(役者16)

私はこう記述しています。「多くの先生は規範的な役割に対し何らかの違和感を感じながらも職業的場面に立たされるたびに人格者を演じてきた。不思議なことに『演じることを繰り返していく』内に役割はある程度自分の中に血肉化し少しずつサマになっていく。『1人前になる』とはかかる外面的規範と内面的実質のずれを少しずつ調整し、少なくとも職業的場面においては外面的規範に自己を同一化する努力が実っていくことをいうのかもしれない。」
 弁護士は人格者を演じることを強いられる商売です。職務上「人の道」を他人様に述べなければなりません。が弁護士なりたての頃に感じていた私の嫌悪感は徐々に小さくなっていきました。自分に課される外面的規範(弁護士の立場が要求する人格者たる役割)と内面的実質(普段着の私)の乖離を飼い慣らすことが多少は出来るようになりました。要求される役割を理解し自然と演じることが出来る自分がそこにいました(この分離をうまく消化できずに私生活が壊れたり職務上で紛議・懲戒の対象となる弁護士は少なくありません)。幸い、私は舞台で「与えられた役割を演じる」ことが多少は出来るようになりました。幕が降りるのはまだ先のことですが、なんとか千秋楽まで破綻を生じさせず舞台を務め上げたいと思っています。その役を果たすために、もう少し「人格者のような格好の良いこと」を言ったりするのかもしれません。「日日是俳優」です(笑)。

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