5者のコラム 「5者」Vol.22

諦めさせること(勝つ見込みがない事案への対処)

「引導を渡す」という言葉は決断がつかない人に対して最終決断を迫ること・何らかの思いを断念させること、という意味で使用されます。引導とは読んで字のごとく「引き導く」こと、俗人の世界に残ろうとする死者を諭し・戒律と教えを授けて・正しい仏の世界に導くことを意味します。引導を渡すことによって俗人の死者は仏門に帰依した仏になります。僧侶は「悟りなさい」と死者に喝を入れ、仏門に入った証として法名(戒名)を授けるのです。
 法律相談の場には同じ問題で何度も弁護士に意見を聞きに来る方がいます。「それは無理です」と言われても尚、法律相談に来るということは、その方はそれまでの弁護士の言葉で説得されなかったことを意味します。こういう場合に喝を入れる者、すなわち引導を渡す者が必要となるのです。かかる引導を渡す作業には高度のリスクが含まれており、それなりの技術と経験を要します。一歩間違うと相談者の負のエネルギーがこちらに向かう可能性が高いからです。これらの方々への対処は市民窓口で行う場合もあります。彼らは意に添わない回答をされると弁護士会に苦情を申し立てることがあるのです。弁護士会としての対応ですから、担当者は気を遣います。基本は申出者の言い分をじっくり聞くことですが、肝心な点では引導を渡します。誰かが引き受けなければならない難儀な役回りです。個々の事務所でも引導を渡す場面はあります。例えば医療相談で診療録をみても過失は見受けられない場合に請求は無理と説得するのは骨が折れます。交通事故でも死亡事案の場合は諦め切れない親族がいます。自賠責の被害者請求を行い駄目なら紛争処理機構へ申立をします。かかる心労の多い作業は裁判所のために行っている訳ではありません。勝訴見込みの無い訴訟提起により遺族が更なる負担を強いられる無意味さを考え、遺族が未来に目を向けることを祈って行っているのです。

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