5者のコラム 「芸者」Vol.52

訴訟という言語ゲーム

ロジェ・カイヨワは「遊びと人間」で遊びをこう規定します。

a自由な活動。すなわち遊戯者が強制されないこと。b隔離された活動。すなわち予め決められた明確な空間と時間の範囲内に制限されていること。c未確定の活動。即ちゲーム展開が決定されていたり先に結果がわかっていたりしてはならない。創意の必要があるのだから、ある種の自由がかならず遊戯者の側に残されていなくてはならない。d非生産的な活動。すなわち財産も富もいかなる種類の新要素も作り出さないこと。e規則のある活動。すなわち約束事に従う活動。この約束事は通常法規を停止し一時的に新しい法を確立する。そしてこの法だけが適用する。f虚構の活動。すなわち日常生活と対比した場合、二次的な現実または明白に非現実であるという特殊な意識を伴っていること。

カイヨワが指摘する上記要素は訴訟にも妥当します。
1 いかなる訴訟活動を行うかは自由です。強制の要素はありません。
2 訴訟活動は明確な空間と時間の範囲に制限されています。議論対象が限定されているからこそ実質的解決が図れるのです。ここが政治と違うところです。
3 訴訟は生き物。展開を読めないことも多く創意工夫の必要があります。
4 訴訟は侵害された正義を回復するための矯正的(消極的)な活動です。それは財産や富を新たに産み出す生産的(積極的)な活動ではありません。
5 訴訟には約束事があります。訴訟法・訴訟規則のみならず当該裁判所で決められているローカルルールもあります。他方、訴訟では世間的規範が停止されます。
6 訴訟は日常生活と対比した場合の2次的現実です。日常生活(1次的現実)は法的言語に翻訳されて(2次的現実として)のみ流通します。

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