福岡ヤクザ形成の歴史
「修羅の国・福岡」というサイトに次の記述がありました。
福岡にはヤクザが多い。指定暴力団が5つもある。「道仁会」「九州誠道会」「三代目福博会」「太州会」「四代目工藤會」「四代目小桜一家」。「道仁会」と「九州誠道会」は未だに抗争中だ。抗争中ということは新たに人員補充も多い。福岡にヤクザが多い理由。1ここ数年で関東・関西の暴力団への規制を強化した結果、主流が九州に移動した。2日本海側で外国と密輸しやすく、海外逃亡もしやすい。3炭鉱が多く、明治時代から荒くれ炭鉱夫が多かった。炭坑閉鎖後、産業らしい産業が無く荒れている。産業の発展が近代で、貧しい人も多く、そちらに就く人も多かった。4商業の街なので、よそ者・貧乏人・新しい住民でも排斥されず生きていきやすい。5頻発したストやデモを潰すため資本家が多くの私兵を雇った。
歴史を遡れば福岡藩・小倉藩・久留米藩・柳川藩から成る県形成史が上記要素を補強しています(福岡・筑豊・北九州・筑後各々にヤクザの拠点あり)。大戦中に軍事拠点とされたことで「ヒロポン」(覚醒剤)が蔓延し戦後に引き継がれたことも大きいし、戦後大陸からの引き揚げで最大の拠点となった福岡港周辺に多数の帰国者(189万人)が入り乱れて、治安が極端に悪化していたことも忘れてはならないでしょう。私は国選弁護人としてヤクザの弁護をしたことが何度もあります。彼らの生い立ちを聞く中で上記要素を実感することが確かにありました。刑事弁護は個人の問題とともに社会構造の問題にも目を向けないと十分な考察を行うことが出来ません。私は法テラスとの契約を終了したので最近その筋の方の弁護をすることは無くなりました。これから弁護をやっていく若手には上述した歴史問題にも目を配って欲しいと思っています。