5者のコラム 「学者」Vol.45

硬い秩序と柔らかい秩序

伊藤邦雄教授は「ゼミナール現代会計入門」(日本経済新聞社)でこう述べます。

会計とは何かと問われれば「事業の言語」と答えたい。これが本書の基本的立場である。私たちの日常生活で言語の存在しない世界を想像することは不可能である。同様に、企業や産業社会に会計が存在しない世界を想像することも難しい。企業のあの膨大な経済活動を財務諸表に要約還元する会計システムがなければ、私たちは企業の活動を把握することも伝達することも困難となってしまう。会計が言語であることから会計にはある重要な特性が備わっている。それは1つの経済事実をいかに会計的に表現するかによって、その意味や解釈が変わってきてしまうことである。日常会話でも、あることを表現するのに、その表現の仕方を少し変えただけで、それを聞いた人の解釈が微妙に変わったり、時には誤解にまで発展することを、私たちは日々の体験からよく知っている。事業の言語である会計にも、そうした繊細さがある。(中略)会計を学ぶことは、簿記を学ぶことだと思っている人が意外に多い。つまり、借方記入と貸方記入の記帳技術を中心としてカッチリとした体系化された「硬い秩序」を学ぶことが会計の学習だというわけである。しかし、そうではない。会計の体系は「硬い秩序」と並んで「柔らかい秩序」をも内包しているのである。「柔らかい秩序」とは、多かれ少なかれ不確実性あるいは曖昧さをその中にもっていることを意味する。(はしがきⅲ)

法律実務における「柔らかい秩序」は事実認定における独特の職人芸的作法や法律解釈における社会変化を見越した利益考量の作法に表象されます。法曹実務家の「柔らかい秩序」の表現は実務家以外の方々には甚だ判りにくいものです。かかる表現を一般の方に判りやすくする努力が必要なことを否定するわけではありませんが「柔らかい秩序」が含意する職人芸的作法や社会変化を見越した利益考量の作法を(素人受けするように)安易に崩してしまい、結果として実務が間違った方向に向かうようなことがあれば本末転倒と言わなければなりません。

芸者

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