5者のコラム 「5者」Vol.33

相手方についた弁護士から学ぶ

ダイバダッタはシャカを疎ましく思い殺そうとまで企てた悪人として描かれています。しかし「法華経」(提婆達多品)ではシャカが「自分が悟りを開くことが出来たのはダイバダッタがいてくれたおかげだ」と感謝する姿を描いています(則武海源「法華経入門」角川選書125頁)。
 弁護士2年目に師匠が市の助役に就き、私は事務所運営を全て任されることになりました。訴訟の進め方すらよく判っていないのに、事務所のマネッジメントを含めた全責任を負うことは当時の私にとって大変なプレッシャーでした。4年間、事件処理を自分1人で行いましたが、難しい事件はその道の専門家と考えられる優秀な先輩弁護士にお願いをして共同受任していただきました。ただ、味方の弁護士ばかりでは学ぶ対象が足りません。そこで意識することになったのが引き合いになった相手方弁護士です。良い準備書面が出ればコピーしてファイルしました。悪いと感じられる訴訟活動もメモして事後の注意点としていました。私は必死だったのです。優秀な相手方代理人と引き合いになった時はこの人から多くを学ばせてもらおうと考えるべきです。ある程度年季を積んで過去を振り返ることができるようになった時には「自分が実務家として能力を磨くことができたのは、引き合いになった弁護士の真摯な訴訟活動の相手方をさせていただいたからだ」と考える方が心の実りが多いようです。「論語」に以下の文章があります(角川ビギナーズクラシックス28頁)。子曰く。三人行けば必ず我が師あり。その善なる者を選びて之に従い、その不善なる者は之を改む。(善き人であれば善いところをまねしよう。悪しき人であれば反面教師にしよう。)身近な行動原理に出来る良い言葉です。私は前述の4年間を無我夢中で過ごしましたが振り返ると理に叶ったことをしていたんだなあと感じます。おシャカさまや孔子先生が応援してくれていたのかもしれません(笑)。

医者

前の記事

規範と受容体
医者

次の記事

破産と更生の違い